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2007年1月10日 (水)

薮入りと丁稚修業 (上)

もうすぐ、1月16日から、昔で言えば薮入りの季節である。本来、薮入りとは、嫁や入り婿が、盆と正月に実家に帰ることを指す。しかし、その後、商家では、丁稚が正月とお盆に実家に戻れることを指すようになった。薮入りは、住み込みから3年経過した (3年間は実家に帰ることを許されない) 後、丁稚が正月とお盆に実家に戻れることを指すようになった。衣類とお小遣いが渡された。

仕事見習いのため、丁稚が基本は13歳ぐらい(実際はもっと小さい子供で10歳前後の場合も多かった)で商家に入っていた。住み込みで、粗末な食事と衣服があるだけで、少しの小遣いはある場合もあるが、基本的に報酬はなく、ただ働きだった。年季は10年だった。年季が明けると暖簾分け等で独立が許された。

江戸時代はもちろん、戦前でも、貧乏な家庭は、もっとひどく小学校もほどほどにして、丁稚に出されていた。そこで商売に接することで、いろいろ教えてもらって一人前の人間にしてもらっていたのだ。

子供には、丁稚は先輩から徹底的に苛めに近い形で、しごかれるので、大変辛い仕事であった。だから4年目にして、実家に帰れることは当人は大変嬉しかった。それは何とか3年を勤め上げた自負でもあっただろう。そして親達も、子供が丁稚として辛抱できたことを喜び、嬉しい気持ちで迎えた。

ところで、落語にも、『薮入り』というものがある。時々、演じている。あれの筋は、薮入りで親は帰ってくる息子のために、用意万端整えて、息子を待ち受ける。帰ってくると、体も大きくなり、親の目には、しっかりしたように見え、大変嬉しい。早速新しい着物を着せ、風呂に行かせる。そして、荷物から札入れが覗いていたので、ふと見ると大金が入っている。そこで、親の心配が始まる筋である。

これは別名『ねずみの懸賞』というのだが、実は、ねずみを警察に持って行って、ねずみの懸賞に当たったお金と聞いて一安心。親はホッとして、「これからも、ご主人を大事にしなさい。これもチュウ(忠、ねずみのチュウをかけて)のお蔭」と落ちる話である。

次回に続く。

*注記 落語『薮入り』について

この落語は、話からわかるように、警察が出てくるので、明治以後の話となっている。しかし、実際は江戸時代から演じられていたが、その当時は猥談であったという。猥談の中身というのは、いわゆる丁稚が番頭に可愛がられる話だったそうである。それがどういうわけか、明治時代に練り直して改作されたそうだ。

*注記 ネズミ捕りについて

ネズミ捕りは、戦後の流風の子供時代もあり、警察ではなかったが、保健所に持って行くと何がしかのお金をもらえたのを覚えている。父はネズミ捕りを購入し、朝になると、入っており持っていったようだった。ただ懸賞があったとは記憶していない。

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