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2007年1月 1日 (月)

松飾りに思う

最近は、松飾りを見ることが少なくなった。子供の頃、松飾りはある頃までは、それぞれ規模は異なるものの、割と、どの家庭でも、置いていたと思う。ところが、ある時点で、餅つき同様廃れていったように思う。それに、この頃は、しめ縄さえも。

さて、柳田の研究では、松は本来、古語で「火」の意味があったようである。松の木を燃やして、松明にし、火を介して、神と人とを結びつけたのだろう。家の入り口に供えて、神を迎えたのが始まりだろう。

だが、火では火災の危険があるから、その名残として、「青松」に変えたのではあるまいか。現在は、正門のところしか置かない様だが、本来は全ての出入り口に置いたらしい。

確かに、松飾りも、ミニ門松などとして販売されているが、ゴミ問題などで事後の処理に困る。文化を残すことと環境問題は、トレード・オフの関係にあるのだろうか。そういうこともあって廃れているのかもしれない。

でも何らかの形で残したいものだ。残念ながら、凡庸な流風にはアイデアが浮かばない。レンタルもいいけど、正月早々盗まれても困るし。そういうことを考えながら、もう一杯飲む(笑)。そして、いつものようにウトウト・・・・。

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