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2007年2月 6日 (火)

2月の国の制定した記念日

2月になると、二つの記念日がある。

まず、「北方領土の日」。休日になっている2月11日の「建国記念の日」は、ご存知の方は多くても、2月7日は「北方領土の日」であることが、比較的知られていない。

この北方領土の記念日は、1855年2月7日に、日露通好条約が調印された日である。この条約は、日本とロシアの間の通商を開いたものである。同時に、ロシアとの間で国境が画定し、北方四島(択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島)は日本の領土となった。

太平洋戦争末期、ロシア(当時のソ連)は、日ソ不可侵条約を一方的に破棄して、満州に侵略し、日本軍やその民間人を蹂躙すると共に、樺太・千島列島にも軍を進め、多くの人を死に追いやり、不当に領土を占拠し続けている。

当時の米ソの政治的密約は、どうであれ、日本としては、北方領土返還を強く要求する必要がある。そのためには、妙な妥協は必要がなく、彼らを追い込む必要がある。

祖父や親の世代は、米国・ソ連(現ロシア)は絶対信用してはならないとよく言っていた。米国は無差別空襲や原爆投下をしたし、ソ連は、先程述べた通りである。また多くの人をシベリアに抑留し、極寒の彼の地での強制労働で多くの命が失われた。彼らは何をやるかわからない不気味な国々であることは間違いない。

若い人は、意外と知らない方が多く、現代史をもっと学んで欲しい。また現在、外務省は、世界的視野で、戦略的外交を推し進めているが、一般国民としても見守る必要がある。国民が外務省を後押ししないと、国際的世論も動かせないのも事実だからである。

次に、2月11日の「建国記念の日」は、一般に「建国記念日」と呼んでいるが、正確には、、「建国記念の日」が正しい。流風の祖父母や両親のような世代の昔の人は、「紀元節」と言っていた。それは、記紀により、神武天皇元年(紀元前660年)1月1日に、神武天皇が即位された日とされていたからである。それを西暦に換算して、当時は、、「紀元節」として休日だったという。

戦後、この休日が廃止され、1966年に、「建国記念の日」として休日が追加された。だが、一般には、「建国記念日」という人が多く、この区別ができていない。、「建国記念日」は、、「紀元節」同様、史実を意識しているが、「建国記念の日」は、本来、建国されたことそのものを祝するという意味だ。そこには、当時の政治的駆け引きが背景にあるようだ。

だが、2月11日という日付は、神武天皇元年1月1日を、歴史家が西洋暦に換算間違いしたようで、本来は、「2月18日」らしい。それがわかっていて、改めないのも不思議な国だという感じもする。まあ、流風もブログにまとめるまで、知らなかったのだが。

以上、別に国粋的になる必要はないが、常識として、国の成り立ちと歴史を知り、これらの記念日を思い、国として、どうあるべきかを考えることは大切だろう。

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