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2007年2月10日 (土)

報道番組の出演者への疑問

テレビやラジオにおいて、報道番組は花盛りである。朝の報道番組は非常に多い。それだけ、人々が報道に関心を示す人が多いのだろうか。それとも若い人のように新聞を読まなくなっているのだろうか。手っ取り早い情報提供が評価されているのだろうか。しかし、見ていて、妙なことを感じる場合がある。

まず、コメンテイター(commentator)とコメンター(commenter)が混同しているように感じる。前者は、時事解説者とか実況放送者の意である。後者は、批評家という意味である。

だから、彼らの役割は根本的に異なる。つまり、前者は客観性が重要視され、後者は個人の主観的判断によるものである。よって彼らからもたらさせれる情報には明らかに差異がある。

だが、コメンテイターが解説にとどまらず、評論したり、コメンターが評論にとどまらず、専門外で不確かと感じられる件に関して解説をしたりしようとする。

また、彼らの固定的な情報提供及び批評には、情報を偏らせる可能性が高い。1ヶ月ごとに変えよとは言わないが、3ヶ月か半年後とに入れ替えする作業は必要ではないか。

コメンテイターの場合は、専門によっては、専門家が限られる場合もあるだろうが、彼らには、専門という罠が常に潜む。もう少し幅広くいろんな人に解説させる必要もある。

コメンターの場合も、いろんな層から、批評させる必要があると思う。彼らの場合は、主観が出すぎるので、情報を歪める可能性が高いからだ。

次に、司会者や彼らについているスタッフ的立場の人が、意見を誘導したりして、情報操作している番組もある。司会者やそのスタッフが意見を言いたいのなら、彼らは仕事を辞めて、コメンターとして位置づけるべきだろう。そういうところにも混乱が感じられる。

結局、言えることは、報道番組は、多用な情報を提供して、視聴者に判断させるべきものである。出演者は、それぞれの役割を理解し、分を超えない程度に発言し、視聴者に誤りなき報道をすることが求められる。あくまで、判断するのは視聴者であるという原点に戻って欲しい。

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