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2007年2月22日 (木)

『金色夜叉』とそのモデル (下)

ところで、この尾崎紅葉の名作『金色夜叉』は、1897年1月1日から1902年5月11日まで、読売新聞に掲載されたそうだ。近年、この小説のモデルが、アメリカの小説にヒントを得ていると研究者によって明らかになっているらしい。

流風は、その内容について確認していないので、何とも言えないが、果たしてそうなのだろうか。海外に、その小説のモデルはあるのだろうか。ただ、このような男女関係は、世界のいろんな所で起こっているものと推定される。

モデルを海外に求めるのは、少し解せない。当時、海外の文化の輸入も考えられるが、あまりにも、ありふれた題材ではないか。だから、尾崎紅葉が、海外の小説を参考にしたとは、あまり考えられにくいことだ。

むしろ、彼の友人に同様なことがあって、彼が、友人の彼女を蹴飛ばした、というのが真相に近いだろう。小説の題材というのは、身近な経験が力を持つ。他の書籍の真似では、なかなか魅力的な作品にはなりにくい。

そうは言うものの、流風としては、何とか、この小説を読破して、内容をチェックしてみたい誘惑がある。しかし、モデルが何なのかを突き詰めるには、時間も必要だろう。せいぜい、このブログで、今回うだうだ記すだけに終わりそうだ。

それでも、今までは借りるばかりだったので、覚悟を決めて、文庫版を購入してみた。だが、読破できるのは、いつになるかわからない。それにしても、一体、彼は、何をモデルとしたのか、誰か明らかにしてもらえないかな。そうでないと夜も眠れない(ウソだよ)。

* 追記  

ついでに、ブログの論旨とは関係ないが、熱海の海岸で、貫一が言う台詞(原文どおり、旧仮名遣い)を記しておく。よく舞台で演じられていたが、やっと全台詞を理解した。どこか未練たらしいな。でも若い時は、そうだったかなと苦笑い。

昔は宴会芸でも使われたようだ。名前を入れ替えるだけでも、楽しそうだ。ただ、現在の阪神間の者にとっては、一月十七日とは、意味深で辛いものがあるけれど。

  吁(ああ)、宮(みい)さん かうして二人が一処に居るのも今夜限りだ。

  お前が僕の介抱をしてくれるのも今夜限り、

  僕がお前に物を言ふのも今夜限りだよ。

  一月十七日、宮さん、善く覚えてお置き。

  来年の今月今夜は、貫一は何処(どこ)でこの月を見るのだか!

  再来年の今月今夜・・・・・十年後の今月今夜・・・・・

  一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、

  死んでも僕は忘れんよ!

  可いか、宮さん、一月の十七日だ。

  来年の今月今夜になったならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、

  月が・・・・・月が・・・・・月が・・・・・曇ったらば、

  宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、

  今夜のやうに泣いてゐると思ってくれ。

*2016年2月21日追記

報道によると、近代文学研究者で秀明大学長の川島幸希さんが、東京都内の古書店で、「金色夜叉」の直筆原稿6枚を貼り合わせた巻物1巻が見つかり購入したという。

巻物は、長さ3メートル50センチ、幅27センチ。俳句会で紅葉が参加者の句を添削、採点した紙も鏑木清方の絵と共に別の巻物1巻に仕立てられ、一緒に見つかったらしい。

なお、清方の絵は、主人公・貫一が自分を裏切った宮を足蹴にする有名な場面や、宮が火鉢で暖を取る場面などを描かれている。「昭和二十五年七月清方装画」と箱に書かれている。

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