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2007年2月12日 (月)

生き方は健康法につながる

生き方というものは健康につながるようである。一般に悲観的な人ほど病気に罹りやすいと云われる。勿論、過度の仕事は健康を害する。そして、結局、それは考え方に帰する。そのことがわかったのは、皮肉にも病気になってからである。そういう意味では、流風は凡人なのだろう。

かつて会社再建王と云われた原安三郎については詳しくは知らないけれど、火薬製造会社にいたにもかかわらず、戦争中も軍用火薬を製造しなかったらしい。当時、そのようにするのは非常に難しかったはず。詳しいことはわからないが、信念があったのだろう。それとも別の理由があったのだろうか。

その人が、健康法と処世法は一緒だという言葉を残している。最近の健康食品に関する報道は情けないが、誰でも、自分の健康法については、自分で編み出すしか方法がないということだろう。万人に通用する健康法はないということだ。ただ、他人の健康法も、時として参考になる。彼の健康法に関する内容は次の通りだ。流風なりのコメントを付加しておく。

一、時間は短くとも、よく眠ること。朝は早起きであること。

熟睡が大切。時間の長さではない。適切な睡眠時間の長さは個々人で異なる。また、身体を暖かくして寝ること。人間は、無防備な寝ている間に病気になるということもよく聞く。

そして、早寝早起きの習慣は、いつの時代にも健康法につながる。それに朝の頭の回転は、夜の数倍という。朝に情報を整理すれば、それで一日が決まる。夜更かしや寝坊することは、あまりメリットがない。

二、食事は少なく、腹八分目。

現代人は、栄養が大切とか言って、過剰に食物を摂り過ぎる。飽食は病気になりやすい体質を作る。他方、痩せるために食べないのも悪い。自分の命を縮めるだけだ。要するにバランスだ。

三、酒は飲めない、飲まない。人にも勧めない。煙草は積極的に手を出さない。

適度な酒はよいかもしれないが、他人には飲めないと言っていた方が無難。もちろん、他人にも酒の無理強いはしない。そして煙草には何のメリットもない。

四、データの完備したものに限っては、物事はすべて、その場で処理する。

処理できるものは残さない。仕事のスピードが早い人は結局そういうことだろう。今、問題になっている残業問題もそうだろう。結局、仕事が整理できず、段取りの悪い人間が残業する。また組織が残業を望む雰囲気があるとすれば、企業経営者に問題がある。

五、心配はしても、心痛はしない。

心を配ることと心を痛めることは、全く意味が違う。色々考えて、配慮はすることは大切だが、考えすぎて、ストレスをためることは何の意味もない。

六、決して物事に捉われない。すべてを呑みこんで処理し、それに支配されない。

新しい決断をする時は、噂とか、思い込み、先入観に左右されない。全て白紙で臨む。そのためには、日頃から、自分という鏡を磨いておく必要がある。

七、六十歳を過ぎれば、一切の義理、見栄、面子などで頭や体を労しない。

要するに嫌なことはやらない。嫌なことは断る。自分の心に逆らわない。基本的に自由人を目指す。結局、この段階では、なるようになる、と考えるのが自然。ケセラセラ。

八、正直に、ざっくばらんに。

妙な駆け引きなど考えない。人の道として正しいことを主張する。そして心理的壁を設けない。当方が、色眼鏡で見たり、駆け引きすれば、見える物が見えなくなる。そして、相手に緊張させない雰囲気を作ることは大切である。

九、思いついたことは、遠慮なしにしゃべる。

誰にでも許されることではないだろうが、そうしたいなら、若い時からそうするべき。そういう人だと思われたら、そういうことができるようになる。

ただ、少し間違えば、誤解が誤解を生む。相手をよく知り、相手により使い分ける。ある程度の計算がなくてはならぬ。

十、人から忠告されて、こちらでもいいと思ったことは、片っぱしからすぐ取り入れる。

忠告が全て正しいこととは限らないが、心に響いたら、即実行する。それは自分がやろうとしたけど、躊躇っていたものだから。

彼の言っていることは、このように自然体で臨めば、心に負担が少なくて、結果的に健康につながるということかもしれない。なかなか難しいことかもしれないが、そういうことを可能にしている企業は自由闊達の雰囲気があり、元気がある。

元気な会社の原因は、そういうことにあるのかもしれない。彼は、会社の再建を通じて、それを獲得したのだろう。危機に瀕した企業を再建するには、彼のように振舞うのがいいのかもしれない。

* 追記 本ブログの論旨とは異なるが、原安三郎のエピソードについて紹介しておく。

彼は、早稲田を卒業した時、成績はトップだったようだ。だから、総長の紹介で、三井物産を受けた。しかし、足が少し不自由だったことから、入社を断られている。

当時の三井物産の常務へも総長から話がつけてあったにもかかわらず、風采があがらないから、三井には相応しくないとして、人事課長から、はねられているのだ。

しかし、これで、彼は発奮したというから、人生、わからない。若い人も、希望先に就職できなくても、くよくよすることはない。

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