« 生き方は健康法につながる | トップページ | 天の恵みへの感謝 (中) »

2007年2月14日 (水)

天の恵みへの感謝 (上)

明治時代は、各地に貧農が溢れていた。明治維新の混乱により、それは更に江戸末期より輪をかけていたと云われる。この時代に活躍した篤農家として、石川理紀之助がいる。彼は秋田の人である。「一日一合あれば、人ひとりを救い得る」として、本人は質素な生活をし、貧農を指導し、農業の発展に尽くしたと云う。

流風は彼のことについて、これ以上詳しくは知らないが、現代の日本人は、「頂きます」とか「ご馳走様でした」という恵みに感謝することを子供に教えない親もいるという。

流風の子供時代は、「頂きます」を言わないと食事させてもらえなかったし、食事が終わって、「ご馳走様でした」と言わない限り、席を立つことを許されなかった。

理由を聞くと、「頂きます」は、お百姓さんが一生懸命汗水たらして作られたことに感謝しなければならないし、「ご馳走様でした」は料理を作ってもらった人(この場合、母)に感謝しなければならないと説明していた。

当時、何となく「頂きます」の意味はわかったが、「ご馳走様でした」は、まずい料理でも言わなければならないのか、少し不満であった。母は料理があまり好きでなかったので、あまり美味しくなかったからだ。作ってもらえることに感謝しなければならないとわかったのは、ずっと先のことである。

でも、そういうことが家庭で教育されていない家庭があると聞くと、少し寂しい。それに加えて、かつて農業国家であった農業精神が全体的に失われつつあることに危惧を覚える。

次回に続く

|

« 生き方は健康法につながる | トップページ | 天の恵みへの感謝 (中) »

考え方」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 生き方は健康法につながる | トップページ | 天の恵みへの感謝 (中) »