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2007年3月29日 (木)

美術品の個人所有の是非 その2

美術品の所有については、徳川家光の時代に興味深い話がある。家光と側用人であった青山幸成のやり取りである。青山幸成は、以前のブログで紹介した楠木正成の墓を整えた、あの青山幸利(よしとし)の父である。尼崎藩の初代藩主である。

その逸話は、家光が、幸成に得意そうに、印籠を見せた。そして自慢そうに、美しいだろうと言う。確かに立派な蒔絵で象嵌で凝った細工がしてある。それを手に取ってみた幸成は、「一体、これが何の役に立つのでございましょうか」と家光に問い返した。

「それは美しいから」と家光が言いかけると、幸成は、その言葉をさえぎるように、「印籠は何のためにあるものでしょうか。本来、薬を入れるためのものであることは、家光様もご存知でしょう」と。更に続けて、「このような平和の時代に、将軍とある人が、このような華美を示せば、天下の市井の者は皆、これに従うではありませんか」と。

さらに、庭に下りて、この印籠を踏み砕いてしまった。家光は、その所業に大変怒り、青山の所領没収を命じる。彼は、蟄居し、引退した。このように美術品は、人の心を誤まらせる。私情で、家光は、臣を失った。趣味などは、つけこまれ易い。トップと言われる方々は、余程の覚悟がないと、このような物は所有してはならないことを示している。

*参考文献 『決断の一言』(前出)

*追記

但し、この逸話の背景は少し複雑である。当時、二代目将軍 秀忠と家光に確執があったようで、臣も派閥があったようである。青山氏は秀忠につき、彼の死後も、将軍側近を務めたが、感情的な行き違いがあったようである。家光としては、自分の権力を行使するには、青山氏が煙たくなったのだろう。

なお幸成の兄も、諫言したため、要職をはずされている。しかしながら、彼らの子供たちは、その後、幕府の要職を占めるようになる。そこに、人事の複雑さを見る。諫言の士は、世代を超えて、後に再評価されるということだろうか。

*追記

かつて、優秀なトップと言われる方々は、在職中は、趣味も、読書傾向も、好きな女優も公表しなかったと云われる。

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