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2007年3月31日 (土)

君が代を考える

君が代の歌詞に文句を言う人があるらしい。その人たちには、戦前の悪い記憶があるからかもしれない。しかし、そのことを実体験していない人たちも騒ぐのは、解せない。

『君が代』はそんなに悪い曲ではない。詞も曲も優れているし、かつて世界から評価されている。念のために、その詞を記すと、

        君が代は  千代に八千代に さざれ石の

           いわおとなりて  こけのむすまで

これを意味がわかるように、更に漢字交じりで記すと、次のようになる。

        君が代は  千代に八千代に 細石の

           巌となりて 苔の生すまで

問題となるのは、この「君が代」の「君」は誰を指すかということのようだ。君が代に反対する人たちは、「君」が「天皇」を指していると受け取り、反対しているようだ。しかし、この歌は、もともと、そういう意味だけでなく、広くある層の一般人の感覚でもある。

ところで、君が代の元歌は、『古今和歌集』の巻第七にある「賀歌」と云われる。その歌を記すと、次のようである。

        わが君は 千代に八千代に 

        さざれ石の巌となりて 苔のむすまで

        わたつうみの 浜の真砂を数へつつ 

        君が千歳の ありかずにせん

        しほの山さしでの 磯にすむ千鳥 

        君がみ代をば八千代とぞ鳴く

        わが齢が やちよにとりそえて 

        とどめおきては 思ひいでにせよ  

解釈は一定ではなくて、いろんな解釈があるようで、皆様は、詠まれて、どのように捉えられるだろうか。流風の独断の解釈では、次のように感じられる。

一人娘が、豪族に嫁いだ。先方に可愛がられ、うまく馴染むか心配だったが、昨年、娘が身ごもり、今年の春、立派な男の子を産んだ。これで、先様も跡継ぎができて、ホッとされていることだろう。

私にとっても、初めての外孫だが、彼が元気で育っていって欲しい。私は、もう歳なので、彼の成長を見届けることはできないが、永遠に先様の栄耀栄華が続いていくことを祈りたい。

と、ざっと、こんな感じに受け取られる。孫が生まれれば、誰でも感じる思いではなかろうか。そして、人々の寿命は限られているが、次々と「生」が受け継がれることに、何か安心感を感じると詠みたかったのではないか。

この解釈が間違っていなかったら、『君が代』という国歌に何も問題はないと思うのだが。さて、皆様は、どのように解釈されるだろうか。

*追記

この『古今和歌集』の巻第七にある「賀歌」を相聞歌と捉える向きもあるようだが、何度読み返しても、そのようには理解できない。読み取る感性が違うのだろうか。

*追記

君が代は、元々、仏説からの発想とも云う。

 

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2007年3月29日 (木)

美術品の個人所有の是非 その2

美術品の所有については、徳川家光の時代に興味深い話がある。家光と側用人であった青山幸成のやり取りである。青山幸成は、以前のブログで紹介した楠木正成の墓を整えた、あの青山幸利(よしとし)の父である。尼崎藩の初代藩主である。

その逸話は、家光が、幸成に得意そうに、印籠を見せた。そして自慢そうに、美しいだろうと言う。確かに立派な蒔絵で象嵌で凝った細工がしてある。それを手に取ってみた幸成は、「一体、これが何の役に立つのでございましょうか」と家光に問い返した。

「それは美しいから」と家光が言いかけると、幸成は、その言葉をさえぎるように、「印籠は何のためにあるものでしょうか。本来、薬を入れるためのものであることは、家光様もご存知でしょう」と。更に続けて、「このような平和の時代に、将軍とある人が、このような華美を示せば、天下の市井の者は皆、これに従うではありませんか」と。

さらに、庭に下りて、この印籠を踏み砕いてしまった。家光は、その所業に大変怒り、青山の所領没収を命じる。彼は、蟄居し、引退した。このように美術品は、人の心を誤まらせる。私情で、家光は、臣を失った。趣味などは、つけこまれ易い。トップと言われる方々は、余程の覚悟がないと、このような物は所有してはならないことを示している。

*参考文献 『決断の一言』(前出)

*追記

但し、この逸話の背景は少し複雑である。当時、二代目将軍 秀忠と家光に確執があったようで、臣も派閥があったようである。青山氏は秀忠につき、彼の死後も、将軍側近を務めたが、感情的な行き違いがあったようである。家光としては、自分の権力を行使するには、青山氏が煙たくなったのだろう。

なお幸成の兄も、諫言したため、要職をはずされている。しかしながら、彼らの子供たちは、その後、幕府の要職を占めるようになる。そこに、人事の複雑さを見る。諫言の士は、世代を超えて、後に再評価されるということだろうか。

*追記

かつて、優秀なトップと言われる方々は、在職中は、趣味も、読書傾向も、好きな女優も公表しなかったと云われる。

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2007年3月28日 (水)

かす汁で酔うか?

神戸市の小学校教員が、酒気帯び運転で摘発されたが、本人に酒を飲んだ覚えがなく、周囲もそのように認識しているらしい。ただ、かす汁を2杯飲んだとのこと。

さて、かす汁で酔うかというと、酒粕を扱う店は否定しているようだが、流風の経験だと、確実に酔うだろう。酒に弱い人なら間違いはない。

酒粕も、最近は、本当に絞りきったものではなく、ゆるく絞った酒粕が販売されている。酒の含有量が多いはずだ。かす汁にしても、その方が美味しい。

だが、酒は残る可能性がある。沸騰させれば、アルコール分が飛んで残らないというのが、酒粕店の主張だが、流風の感じでは、酒は残っている。

また、最近の酒酔い検査器は精度がよくなっていることから、過剰に反応するだろう。今回のケースは、若干かわいそうな感じがする。

この教師は退職されたようだが、酒酔い運転と同じ扱いにするのは酷である。でも、当局としての判断が間違っているとも言えない。今回は、いわゆる常識の範囲外ということだろう。

今回だけでも、その教師の復職はできないものか。それにしても、かす汁も飲めないとは、難しい時代になったものだ。

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2007年3月27日 (火)

美術品の個人所有の是非 その1

芸事や骨董品収集などは、身を滅ぼす、とかよく言われる。手を出すと、往々にして、仕事を忘れてしまい、お金の無駄遣いにつながる。大体、経営者の場合、三代目から手を出す傾向あり。今回は美術品愛好について、少し考えてみた。

美術品は、好みはあるだろうが、個人的には癒してくれる物もあるかもしれない。だが、個人が所有したところで、次の世代に引き継げるものは、わずかだろう。だとすれば、個人が所蔵するのに、どれだけ意味や価値があるのだろう。

若かりし頃、流風が、間違って迷い込んだセミナーで、近くの席になった人は、流風が、「美術品なんてコピーでいいじゃないですか」と言うと、その人は、「美術品は本物でなければ意味がない。本物には、本物のよさがある」と、強く語っていたのを思い出す。彼の本物へのこだわりはかなり強いようだった。当時、そんなものかなあ、と思ったものだ。

だが、どんな高価な絵も、燃えれば灰になるし、どんな高価なガラス工芸品や陶器にしても、落とせば粉々になる。全ての物は、所詮、人間同様、土になる。確かに、生きていくのに、楽しみは必要だが、大金をかけるようなものではないだろう。

例えば、絵であれば、ポスターもあるし、それを額に入れて飾れば、それなりに楽しめる。ガラス品や陶器にしても、実用品として用をなさなければ、あまり意味もない。現在、骨董品として残っているのは、時代によって、持つ人によって実用品の意味は異なるが、ほとんどが生活に根ざしたものであろう。

どうしても、骨董品収集をやりたければ、現役時代は、そういったものには手を出さず、どうしても手を出したい場合は、現役引退後、お金があれば、趣味の範囲で予算を決めて、やればいい。

そして最終的には、国や公共団体に寄付するつもりでいたほうがいい。しかし、基本的には手を出さない方がいい。所詮、捨て金に過ぎない。全ての捨て金が無駄とは言わないが。

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2007年3月26日 (月)

名医とは

誰しも病気になった時、名医にかかりたいものである。大体、評判のいい医師を探したりする。それは自分の命に関わることだから、理解できる。

ただ、患者の側にも問題のある場合はある。どんな名医も治せないこともある。次の逸話は、示唆に富むものであろう。

時は、京都の所司代が板倉重宗の頃、彼は病気になった。市中の医者に全てあたったが、回復することはなかった。そこで、当時、名医と噂された、古林見宜を大阪から招いて、診てもらった。

古林見宜は、診察を終えると、私の処方する薬を飲めば治るでしょう、という。代金は、というと、一服一両するという。非常に高価だ。家臣も皆、びっくりしたが、命には代えられない。板倉重宗は、治るのならと思い、飲み続けた。

翌日以降も、見宜は往診に来て、服用の継続をすすめ、板倉重宗も仕方なく服用を続けた。そうすると、しばらくして快方に向かい、全快した。

最後の往診に見宜が来た時、板倉重宗は、お礼の言葉を言い、何と言う薬かと尋ねた。

ここでの、見宜の言葉が面白い。「何、どこにもある薬ですよ。別に珍しいものではありません」と言う。

訝った板倉重宗は、「良薬だから治ったのではないか。それゆえ高かったのではないか」と聞く。

そうすると、見宜は応えて言うには、

「京の医師に治せない病気を、この私がどうして治せましょう。診察したところ、誰でも治せるものでした。それがなぜ癒えないのか。考えて見ると、それはあなた様に原因があるのではないかと思い至った。

勝手に、医師の処方した薬を良いの悪いのと勝手に判断され、医師に注文をつけすぎる。医師の忠告を守らず、勝手放題される。それで、違う症状が現れ、また違う処方をさせる。そんなことをしていては、治る病気も治らない。

そこで、安価の薬を高価と偽り、お渡ししました。そうすると、さすがに服用されました。結果的に、私の注意を守り、快癒されたというわけです」と。

板倉重宗は絶句したという。

この話は、単に笑い話ですまない。私達も、病気になると、平常の心理と違い、色々心配になって、医師のアドバイスを無視したり、素人判断したりする。そのことが、病気を複雑にしていく。

このことで、思い出されるのが、父方の祖母のことである。彼女は、大変な病気になり、当時では治すのが難しいとされていたが、医師のアドバイスや処方の薬を、その指示通り実行し、快癒させ、周囲を驚かせたと聞いている。

やはり信じた医者には、任せるのがベストなのかもしれない。

*参考文献 『決断の一言』(風巻絃一著)

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2007年3月24日 (土)

釣った魚に?

俗に、釣った魚に餌はいらない?確かに、釣った魚に餌をやる人は、それを飼う人以外にはないだろう。これから調理する魚に餌をやっても無駄だ。

このことは男女間において、言っているのだが、飼う魚に、餌を全くやらないというのは、あまり見かけない。適当に美味しい餌をやらなければ、最近の魚は、次の飼い主を探すようだ。

そのためかどうかはわからないが、餌をやりすぎの傾向があるのではないか。そのため、太りすぎて、釣る前の姿は、何も残らない。それは、身体的に太りすぎるだけでなく、精神的にも太りすぎの傾向がある。

独身の若い女性がダイエットして、痩せすぎの傾向があるのとは対照的に、結婚後、精神的に安心してしまって、心の張りが失われるのだろう。

そういった女性には、どんな餌がよいのだろう。結局は、“女”を意識させることだろう。日常的な惰性と男の無視が、女性を駄目にすると言われる。

だが、確かに、男にとって、パートナーが魅力的であることは望ましいが、それは誰のためと言われると難しいものがある。

結婚しても、独身時代と同じ服装で、外をうろうろされると心配になる諸兄も多いことだろう。行き過ぎると、最終的にはリリースしなければならないこともあるからだ。

となると、あまり釣った魚に餌をやるのもいかがなものかと思えてくる。その辺の按配が実に難しいようである。

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2007年3月22日 (木)

人間の器と志

世の中には、二種類の人間がいる。すなわち、世の中は、使う人間と使われる人間で成り立っている。そのどちらを選択するかは、個人の考え方による。

明治時代に、雨宮敬次郎という実業家がいた。関西にはなじみの薄い人である。甲州財閥を築いた人だからだ。彼が、説いている人材論に、次のようなことがある。

彼が言っているのは、学問をすべきか、そうでないかということである。一般の人間は、学問をしなければならない。学問をしなければ、能力を伸ばすことが出来ないからだ。そして、少し利口になって、世渡りできるようになっていく。大半の人がそうであろう。

ただ、図抜けている人々で図太い人は、学問はしないほうがいいと言っている。そういう人が、学問をすると、かえって、それがあだで、その人の持っている天分や図太さを失ってしまうと言うのだ。

延いては、角をためて牛を殺すことになってしまうと言うのである。男子、厨房に入らず、という考えに近いかもしれない。細々とした些事に捉われると、大きなことはできないということだろう。

すなわち、雨宮は、スケールの大きいビジネスを志すなら、多少の危険は顧みず、カンと度胸で勇敢に飛び出せと、雨宮は言うのである。ただ、この「学問をするな」という学問の範囲が不明だ。流風が察するに、「専門の学問領域」ということのように思う。

結局、図抜けている人々で図太い人の場合、余計な知識は邪魔になる。それは発想力・構想力を小さくしてしまう。それは人間の器も小さくする。それでは折角の人材が台無しになって、大きいことはできなくなる。

大構想を構築するのに、どうしても知識が必要になったら、知識を持っている奴を使えばいいと言う。その結果、いつの時代も、学問した連中は使われる運命にあると指摘する。

雨宮の世界は、小心者の流風には、程遠い世界だが、これからの人には、若干の励ましになるかもしれない。

ただ、現代のように、当時と違って、羅針盤のない時代では、海外の単なる真似は難しい面もあるが、人間の器量というものを考える時、彼の考え方に首肯できる部分もある。

そして、現代の処世としては、クラーク博士の名言ではないが、大志を抱きつつ、現実的に小さな実績を積み重ねていくことだろう。そうして、段々、器を大きくしていき、そして、大志を持ち続けることが大切なのだろう。果たして、あなたの大志は?

* 追記

人間の器量は、最初から大きい人もいるが、一般的には、段々大きくしているようである。雨宮だって、最初から大きかったとは考えにくい。いろんな人生経験から、そのように思い至ったのであろう。

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2007年3月20日 (火)

仕事と睡眠

誰でも仕事で悩んで眠れないことは経験していることだろう。実際は、仕事がうまく行くほうが稀で、失敗を修正しながら進めていくのが仕事であろう。

大事なことは、最悪の事態が生じそうになった時は、早く会社に報せ、上司、先輩に処置してもらうことである。若い時は、ありがちだが、思い込みや独断が一番いけない。

知りうることは日々からこと細かく報告しておかねば、上司もすぐ対応できない。よく言われる日頃の「ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)が重要だ。

仮に、これらを全てやっても、眠れなくても、楽天的に感じて、起きてればいい。明日、仕事中に居眠りしそうだと感じたら、それに対する予防策をとっておけばいい。そういう風に考えることによって、不眠はある程度解消できると思うのだが、、、。

もちろん、相談相手のない経営者の場合は、もっと大変だ。しかし、そういう立場であれば余計に不眠になるようでは心もとない。気分転換も必要だし、それなりの人生哲学も必要だ。

経営者は、いつ何時何が起ころうが、どこでも眠れることが求められる。そのためには、ある程度の訓練が必要といわれる。

例えば、経営者の中には、寝る前に運動するという人もいれば、読書するという人もいる。寝る前に酒や牛乳を少し飲んで暗示をかける人もいる。いずれにせよ、何か条件反射で眠れるようになれば、しめたものだ。

このように、ビジネスマンの不眠解消には、自分に適した各人それぞれのやり方を見つける必要がある。基本的には、ベストを尽くしてなるようになれ、という気持ちを持つことかもしれない。

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2007年3月19日 (月)

眠れない人々

春はあけぼの。居眠りしたくなる時期である。この時期に不眠で悩む人は少ないと思うけれど、不眠症で悩んでいる人が多いらしい。

不眠は基本的に、“熟睡”と“安眠”について考える必要がある。前者は身体的なものが影響し、後者は心理的なものが影響する。これらを混同すれば、不眠の原因はつかめないことになる。

流風は、子供時代、すぐ熟睡するタイプだった。大体、野原を駆け回っているのだから、身体が疲れると眠くなり、“熟睡”するのは当たり前である。しかし、時々眠れない時もあった。

それを言うと、母は心配そうにしていたが、父は、「人間は自然と眠るようになっている。眠れなかったら、横になったまま、起きておればいい。それだけでも身体は休まる」と言っていた。確かにその通りで、父の忠告以後は、不眠で悩まなくなった。

しかし、社会人になって、仕事で失敗した時は、悩んでなかなか寝付けなかった記憶もある。これは心理的なもので、“安眠”できないということである。それが高じて内臓の病気になったこともある。

好きな彼女にどう告白するかと思ったときも、なかなか寝付けなかった。これも心理的な安眠阻害と言うべきだろうか(笑)。

それはさて置き、安眠するためには、以前のブログでも記したように、心配はいいが、心痛はしないことだ。ベストを尽くせば、後はなるようにしかならない。心痛したからといって、事態が好転するわけではない。そういう風に開き直ることである。そうすれば、眠れる。

不眠について考える時、“熟睡”と“安眠”という分類では、現代人は、“熟睡”より“安眠”できないことを指すことが多いかもしれない。それは結局、自意識が高いことがそうさせているのかもしれない。

もちろん、仕事の流れや他者の気持ちを察した上で、責任を果たし、最大限努力することが望ましいが、やれることをやったのなら、あとはケセラセラでいいのではないか。人間の寿命には限りがある。

いずれ起きたいと思っても、永遠の眠りに就く、と思えば気が楽になるかもしれない。この世は、なるようになるようにできているのではないか。特に責任感の強い方は、そう思って不眠を解消して欲しい。

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2007年3月18日 (日)

馬鹿になる食事

馬鹿になる食事方法は簡単だ。但し、以下は、経験知で、科学的根拠は曖昧なので、適当に読み流してください。いちいち断り書きをしなくてはならないのは、これも時代ですかね(笑)。

一、まず大食することだ。血の巡りが悪くなって馬鹿になる。

賢くありたければ、結局、腹八分目が宜しい。それに長生きの人は、皆、腹八分目だ。少しお腹が空くぐらいが宜しい。また間食は、健康を害す素だ。間食の習慣は止めたいものだ。胃腸が休む時間がないと、脳は馬鹿になる。

二、十分に噛まずに、呑み込む様な食事では、胃腸に負担がかかり、結局、馬鹿になる。

流し込むような食事はよくない。例えば、カレーライスやハヤシライスの類はよくない。ハンバーガーやパン類、うどん・そば類などもできれば避けたい。

賢くありたければ、食事に時間をかけて、よく噛むことだ。それで頭がよくなる。それには、和食が適している。

三、酒飲みが酒の肴に肉類を当てると馬鹿になる。

本来、酒の肴は淡白なものが宜しい。野菜などが一番だ。酒と肉の組み合わせは日本人には最悪だ。欧米人と日本人は、基本的に体質が異なる。肉類を受け入れる体質でない以上、肉類は控えめにした方がいい。

四、栄養価が高いとか言って、消化の悪い物を食することで馬鹿になる。

子供が嫌がっているのに、栄養があるからと言って、無理やり与えるのはよくない。だからと言って、子供が好むものばかり与えても問題が多い。

しかし、賢く育てたいのなら、小学校に上がる前は、肉類は極力与えず、野菜・魚中心の食事が宜しい。身体は、子供時代の食事内容を記憶している。それが成人になっても、嗜好として活きる。

五、身体の状態に合わせた食事をしないことで馬鹿になる。

毎日、一定の量を食べないといけないと思い込んでいる人たちがいる。いつも、三食摂る必要はない。そうしないといけないと思い込んでいる人は、馬鹿になりやすい。身体の状態に合わせて、食事の量は調整されるべきなのだ。身体の状態は毎日変化ている。適度に調整することが望ましい。

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2007年3月17日 (土)

戦争の歴史と戦争被害者

あらゆる戦争において、平時には、基本的に民間人は巻き込まないと言っていても、戦争に突入すれば、最終的には必ず巻き込まれる。歴史的には、戦争において、結局、一般市民が一番被害を受けている。

戦争状態において、それを少なくするには、軍律を厳しくすることだが、世界できちんと守られた例は少ない。欧米はもちろん、全ての国の戦争の歴史を見れば、それはひどいものである。戦争の歴史は、略奪と凌辱の歴史でもある。戦争の歴史の中では、常に敗者に属する民間人は、多くが蹂躙され殺戮されている。

よく日本を批判する中国にしても、同様である。戦前の状況下、内戦状態にあった彼ら同士の殺戮は凄まじいものがあったと聞いている。それに巻き込まれて多くの民間人(日本人も含む)が亡くなっている。それらを全て日本軍の責任と転嫁しようとするが、歴史的事実を伝えていない。彼らは統治のために歴史を国民に隠蔽している。

その中で、かつての日本軍は、一部の例外を除けば、世界の中で比較的軍律が守られた方だろう。軍律が厳しいこともあったが、軍の運営は当時の国民性の表れとも言える。もちろん、全てが正しかったとは言わない。一部のはね返りや目立ちたがりが暴走したし、一部の民間人が、彼らを苦しませただろう。

特に、朝鮮・満州経営は、問題が多かったと言われる。日本の問題は、植民地経営のプロがいなかったことなのだ。英国のように、地元の人材に任せ、自治領とする発想はなかったようだ。比較的成功といえる台湾方式を踏襲したが為の失敗と言えるかもしれない。統治方法において、どこでも通用するやり方はないのだが、日本は前例主義で失敗している。そして、そのことが、多くの恨みを買っている。

ただ、従軍慰安婦(当時、そういう名称はない)の問題が、また蒸し返されているようだが、軍が直接関与したことはないだろう。しかしながら、戦前は合法的だった売春組織を同行させたことは確かだ。

また、日本の死の商人が、軍の情報を得るため、彼女等を引き連れて利用した可能性の方が高い。彼女等は、いろいろなタイプがいたと思うが、ああいう厳しい状況下、生きるための選択があった人もおれば、業者に騙されて連れられてきた人もいるかもしれない。

死の商人は、何も日本軍だけに武器を供与したのではない。敵方にも情報を流し、武器の横流しをしていたとの疑いはある。彼らはいつもそうだ。そういう状況下で、死の商人が、従軍慰安婦(敵方のスパイ含む)を商売ベースで利用した可能性の方が高い。

ただ軍も、逆に軍の統制上利用したかもしれない。それは、結局、敵方の民間人にレイプなどの危害を与えないようにする方法と考えたかもしれない。そうすることによって、進出先または侵略先の婦女子の被害は最小限に抑えられる考え方から来ている。彼女等のお陰で、多くの人が救われたことも事実がある。

そういう意味では、彼女等も戦争被害者であろう。しかし、戦争被害者は彼女達だけではない。戦争で、多くの人たちが巻き込まれ、戦争被害者として亡くなっている。殺されたから、声を発することが出来ないだけだ。

ただ、従軍慰安婦といわれる女性たちは、生き残ったが故の苦しみを味わっておられる。政治家の軽率な発言は避けねばならない。だが、彼女等は現在、政治利用されている。事は、より複雑だ。

そのように考えると、後世の者は、何が正しくて、何が正しくなかったなどと、戦争行動を単に批判しても、何も生まれない。いかに戦争を避け、戦争被害者をなくし、世界が協調して生きられるか、知恵を出さないといけない。それが歴史に学ぶということであろう。まずお互いが、それぞれの歴史を客観的に精査して知恵にする必要がある。

*  追記

以上記したことは、人々の感情的評価を過度に政治レベルに持ち込む危険性を指摘しているのだ。歴史は、感情を抜いて客観的に評価しなければならない。

また、流風は、戦前の日本軍の大陸進出及び侵略を評価しているわけではない。日露戦争によって、文武両道の軍人が多く失われ、その後の軍人は職業軍人馬鹿が増え、文武両道の考えを持つ人たちがいなくなったことが、軍部の暴走を生んでいる。

そのことは、最近出版された『小倉倉次侍従日記』(昭和天皇、戦時下の肉声、文藝春秋四月特別号)に詳しい。哲学や歴史観に乏しい軍幹部が、天皇に嘘の報告や見通しを伝えている。これらの人々が国をミスリードしたことは疑う余地がない。

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2007年3月16日 (金)

戦時心理と平時心理

私達がよく勘違いするのが、戦時心理と平時心理だ。戦時の軍人が明日は死かという状況と、平時に考え行動する状況では、思考や行動に大きな差がある。

すなわち、平時では正しいことも、戦時では必ずしも正しいと言えないことがあるからである。そして、その逆もある。戦時の正義と、平和時の正義は明らかに異なる。

戦時に生き残ることと異常心理は平時には到底理解できない。人間は平時とは全く違う思考と行動をとるからである。平時に戦時のことをとやかく批判することは、簡単だが、それは机上の評論に過ぎない。

ところが、それを一緒くたにして話をする人々や海外のマスコミには気をつけなければならない。特に海外の謀略家には気をつけなければならない。彼らには外交交渉を有利に運ぼうという魂胆があるからだ。

本来、政治に感情を持ち込むことは、あってはならないが、一般人やマスコミに感情を持ち込み煽り、政治を歪めようとする勢力には一般国民としても気をつけなければならない。

特に、現在のような世界ネット社会では、必ずしも真実は伝えられず、危いものに発展する危険性を秘めている。後世の者は、史実を精査して、もっと根本的なことを論じなければならない。

それは、いかに戦争を引き起こす要因をつぶし、平和の維持・拡大を進める環境を作るかということである。それは政治家だけの仕事ではない。多くの人が、もっと関心を持つべきだろう。そうしないと、平和は、砂上の楼閣になってしまう。

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2007年3月15日 (木)

ひっかけの薀蓄?

俗に、「引っ掛ける」という言葉がある。高校生時代も、軟派と言われる奴等が、「おい、学校終わったら、○○女子高に行って、引っ掛けに行こか」なんて、悪い相談をしていた。

大阪にも、“ひっかけ橋”なるものがある。最近は、柄の悪そうな兄ちゃんが、女性に声をかけている。当初は、若者の文化だったが、現在は雰囲気も、あやしいものになって、あまり宜しくない。

辞書を見ると、「引っ掛ける」は、「引っ掛く」から来ているらしい。意味は、釣り込む、たぶらかすなどの意がある。大体は、男からの仕掛けであろう。

しかし、まあ、昔は女性がわざとハンカチを落とすのも、その部類と言えなくもない。最近は、そんな生易しいものではなく、積極的にアプローチする女性の猛者も多いと聞く。

あるテレビ番組を見ていたら、合コンの帰りに女性からキスを迫ったという。まさに女性の“男化現象”である。それで男が落ちているから情けない。本人が幸せであれば、それもいいが。

また、芸能の世界でも、義太夫に『釣女』という題材があるし、文楽などで上演しているようだ。狂言では、同様な内容で、『釣針』となっている。昔から、そういう視点はあったのだ。

内容は、妻を引っ掛ける意味~正妻かどうかはわからない~が強いようだ。まあ、引っ掛ける気持ちは、現在と大差はないだろう。内容は、概して消極的だ。“夢見る男”と言うべきか。

舞台は、例の西宮えびすで、恵比須に「いい妻が見つかりますように」と願をかける大名とお伴をした太郎冠者が出場人物である。

彼らが本殿で仮寝すると、大名は霊夢を見、その夢の通りの場所に行くと、釣竿が置いてある。大名は、恵比寿様が与えてくれた釣竿と考え、太郎冠者に釣らせて、美女を釣り上げる。

それならと、太郎冠者も自分の妻をと意気込んで、女を釣り上げ、喜ぶが、女の衣を取って、びっくり。とんでもない醜女(しこめ)だったというお話。

大名が、太郎冠者に釣らせるのは、身分の高い者は、釣等はしないということだろう。しかし、釣果は、持ち逃げ。他方、太郎冠者は、他人の釣竿では、いいものは釣れないということか。

確かに、釣る場所の選定、釣る道具、釣る技術は、魚釣り同様、自ら考える必要がある。一般人は、他人任せでは、よい異性を釣ることはなかなか難しいと言っているのかもしれない。

そして、まず魚のいないところに釣り糸をたれても釣果は望めない。また、道具・技術も必要だが、失敗を恐れず、釣り糸を垂れることも大切ですね。釣り糸を垂れずして、釣果はないよ。これ、当たり前。独身の皆様、頑張ろうね(笑)。

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2007年3月14日 (水)

花の命は

“花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき”と、小説『放浪記』で語ったのは、林芙美子だが、桜の花の寿命を長くしようと祈ったのは、先のブログでも紹介したように、あの桜町中納言だ。

桜の花は、他の花に言えないような美しさがある。そこで、桜町中納言は泰山府君を祀ったのだろう。春がよほど好きだったようだ。気持ちもわからぬでもない。本心は隠していたかもしれないが。

謡曲『泰山府君』では、桜町中納言が、桜の花の寿命を長くするために、寿命を司る泰山府君に祀る姿が描かれている。能以外では、天照大神に祈ったとある。

なぜ祀ったかといえば、流風が思うに、本音は、かつて許婚だった女性を桜に見立て、昔を懐かしみながら、心の逢瀬を楽しんでいたのではないか。しかし、それは表立って言えることではない。

そこで、建前上は、桜の花の寿命を延ばしてやろうとしたことにしてカムフラージュしているのではないか。桜の花の寿命は短い。それは花が散るということが当時の人々には不吉と感じられたことを理由にしているのだ。だから、それをうまく言い訳に利用しているのだ。

結果的には、7日の桜の寿命が21日に延びたとしている。多分、生産者に、できるだけ花を散らさないように、寿命を延ばすよう命令していたのだろう。そして、生産者の努力がみのり、寿命が延ばすことができた。それを祝した曲とも言えないこともない。

* 注記

以上は、流風の私的見解で、謡曲にそのように描かれている訳ではない。

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2007年3月12日 (月)

国旗と国歌を考える

国旗や国歌を尊ばない人々がいるらしい。確かに、いろいろな信条はあるのだろう。しかし、良くも悪くも、国民は国家に守られている。国家を支えている国民が、国家に対して、敬意を示せなくて、国家は保ちえるだろうか。

もちろん、戦前のように、立憲君主制政治の不備を悪用した輩がいたことは事実である。そのために、国家が危機に陥ったのも事実だ。しかし、その根本は、シビリアン・コントロールが不十分な明治憲法に問題があったからだ。国旗や国歌に本来罪はない。

戦後の平和憲法では、シビリアン・コントロールが強化されている。戦前とは違い、首相の権限は絶大だ。問題があるとすれば、首相の権限チェックが不十分なことだろう。三権分立が不明確になっていることだろう。もっと、そういうことに関心を持って欲しい。

そして、「日の丸」の国旗と「君が代」の国歌にもっと自信を持って欲しい。

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失われたか、恥の文化

日本人の昔の人の子供教育に、「清う食え」という言葉がある。本意は、僅かの物であっても、盗んで食ってはならない、ということだ。別の言葉で示せば、孔子の言葉と云われる「渇しても盗泉の水を飲まず」ということになるかもしれない。前者が、命令であるのに対して、後者は、孔子の意思であるという違いはあるが。

最近、金属泥棒が話題になっているが、この人たちは、どんな教育を受けたのだろう。日本人でないと思いたい。日本人なら、国外追放だ。そんな日本人はいらない。恥もプライドもない人間がいるのは、日本の恥だ。そういう子供の教育ができなかった親にも問題があるのかもしれない。

ほんの一部の人間の仕業と思いたいが、恥さらしの日本人を再教育しなければならないかもしれない。もう一度、恥とプライドを教える家庭教育の徹底が求められるかもしれない。

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2007年3月11日 (日)

ベンチャー市場の日本的改革の必要性

ベンチャー企業の破綻が起こっている。特にIT企業の崩壊は、ベンチャー上場企業のほとんどに当て嵌まるのではないか。安易にベンチャー市場に上場した結果が、この様だ。安易に上場を認めたベンチャー市場に根本的に問題がありそうだ。ベンチャー市場の大胆な改革が求められる。

ベンチャー企業の破綻は、本当に上場に値する企業のみ上場させなければならないのに、基準を甘くして上場させた結果が、現在になって、表面化しているのだ。こういうことは、決してよいとは言えない。日本全体にとっても、お金のロスが生じているということだ。

確かに、ベンチャーとはリスクの多いビジネスであるが、そうであれば、市場で調達できる資金にも制約を設けなければならない。ところが、一部上場企業と同様な資金調達が可能なようにしているのが、ベンチャー企業を破綻させていると言える。

よく言われるように、貧乏人が大金を掴むと、その使い方がわからず、全てを失う傾向がある。それはお金を持った経験のない者が、急にお金を持つと、お金の持つ意味がわかっていないから、その使い方がわからないからである。

苦労して稼いだお金は、無駄遣いしないが、何となく入ってきたお金は、どうしても、その資金管理がずさんになる。それがベンチャー企業破綻の大きな原因である~その他にも志が低いから破綻した場合もあるし、経営ということがわかっていなかったり、詐欺をはたらくつもりの企業もあったようだ~。

つまり、未熟な経営者に大きな資金調達を可能にさせたことが、破綻を招いていると言える。お金の持つ意味を知らない経営者に企業は運営できない。そういうことを考えると、今後のベンチャー市場は、改革が必要と言える。

当局は、方針を改め、一旦ベンチャー市場を整理し、審査の厳しい市場を新たに創造するべきだろう。また野放図な運営をしたベンチャー市場の責任者も責任を取るべきだろう。そして、成功は、千に三つでいいという考え方は改めなければならない。

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2007年3月10日 (土)

神戸ゆかりの美術館、もうすぐオープン

神戸に、もう一つの美術館が3月にオープンする。それは神戸市の持つ美術品の再整備に伴うもので、まったく新しい美術館をオープンするわけではない。テーマを持たせて、コンセプトを明確にするのだろう。

ファッション美術館の一部のスペースを借りて?、違った美術館にするようだ。すなわち、新しい切り口で、散らばっている美術品をまとめて展示するのだ。それが3月23日にオープンする『神戸ゆかりの美術館』である。

展示内容としては、神戸で大きな足跡を残された芸術家や、現在も活躍中の芸術家の作品を展示で、主として神戸市が所蔵するものらしい。

神戸市立博物館や小磯記念美術館の所蔵品を展示・紹介する。ただ、この展示は一時的で、他のところに美術館を再生利用する計画もあるようだ。

作家の顔ぶれは、はっきりわからないが、少し調べたところ、予想される芸術家・画家は次の通りだろうか。過去の記録から、3分の2ぐらいの日本の作家は予測できるが、後がどうもわからない。そのほかにフランスの画家の作品も展示されるかもしれない。

    新井完、伊藤継郎、今井朝路、猪熊弦一郎、上田清一、牛島憲之、

    角野判治郎、川西英、金山平三、鴨居玲、川端謹次、聴濤襄治、

    小磯良平、小松益喜、鈴木誠、関口俊吾、竹中郁、田中忠雄、

    田村孝之介、知念正文、中島節子、中西勝、西村功、西村元三朗

    林重義、藤島武二、古屋新、別車博資、桝井一夫、三木朋太郎、

    宮地孝、宮脇成之、元川嘉津美、山田千秋など。

確かに、美術館も、いろんな美術や工芸品を集めて、コンセプトが不明確な個性のないものになりつつある。美術品を無計画に集めすぎて、その運用もおかしくなっているのは、どの美術館にも言えるだろう。特に、公共の美術館は、「オーナーの個性」が発揮しにくい。

そういう意味では、このように、何らかの切り口(作者の時代背景ごとなどや作風)で整理するのも、いいかもしれない。ただ、定期的に切り口を変えていくと、鑑賞者は楽しいが、当事者は、その移動に大変かもしれない。

まあ、これも顧客サービスとして見れば当然かもしれないが。ただ、余程の覚悟がないと、人集めには苦労するかもしれない。先程、挙げた芸術家・画家達は、若い人には馴染みの少ない人たちも多いからだ。運営・企画担当者の頑張りに期待したい。

* 神戸ゆかりの美術館

    場所: 神戸ファッション美術館  1階

    料金: 一般200円、高校生以下100円、65歳以上100円

         ファッション美術館に入館されると、無料で入館。

    開館時間: 午前10時~午後6時

    休館日: 毎週水曜日、年末年始

* 開館記念展: 期間:3月23日~6月24日

   金山平三、小磯良平、田村孝之介など51人の絵画・彫塑作品を展示。

* 追記

なお、予想した上記芸術家・画家は、あくまで流風の推定です。展示芸術家・画家は、オープン後、ご確認ください。 

* 追記

オープンしたので、行かれた方も多いと思いますが、展示作家の内容を記しておきます。予測から外れた作家は次の通り。

新井完、今井朝路、猪熊弦一郎、牛島憲之、聴濤襄治、鈴木誠、知念正文、中島節子、藤島武二、宮地孝、宮脇成之、山田千秋

また予測外の作家は次の通り。

前田吉彦、亀高文子、伊藤慶之助、大森啓助、江田誠郎、小出卓二、坂本益夫、伊川寛、大垣泰治郎、佐野小太郎、柳原義達、松岡寛一、阪倉宣暢、山本萬司、梅宮馨四郎、品川祐治郎、菅原洸人、元永定正、川西祐三郎、貝原六一、角卓、石阪春生、高崎研一郎、田中徳喜、長尾和、関拓司、南和好、新谷琇紀、徳永卓磨

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2007年3月 8日 (木)

落語『和歌の三神』に学ぶ

先日のブログでは、「和歌の三神」を取り上げたが、落語にも、『和歌の三神』というものがある。でも、あまり演じられないように思う。

すなわち、「和歌の三神」という知識も必要だし、和歌の知識がなくても、単純には笑いは取れるかもしれないが、真の笑いが取れないからだろう。若い方はともかく、中高年以上でも、どれくらい人が理解できるだろうか。その辺、落語文化を残すのも難しい。

さて、この落語では、文屋康秀、柿本人麻呂、在原業平を三神として取り上げ~一応記すと、調べた限りでは、文屋康秀は「神」としては祀られていない。歌仙ではあるけれど~、次に示す彼らの歌をもじって、茶化している。ちなみに茶化す文化は、日本の庶民にずっと伝わっていた文化である。

それでは、落語に出てくる、その元歌を揚げておこう。

    (い) 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ

                             (文屋康秀、百人一首22番)

    (ろ) ほのぼのと あかしの浦の 朝ぎりに しまかくれゆく ふねをしぞ思ふ

                      (柿本人麻呂の歌と云われている。*注)

    (は) 千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは

                             (在原業平、百人一首17番)

この落語の筋は、風流好みの隠居が、嫌がる権助とともに、向島に雪見に出かけたところ、三人の乞食が土手下に集まって、「したみ酒(こぼれ酒のこと)」で酒盛りをしていた。そして「何か歌でも詠おうか」と言っているのを聞いて、隠居が感心する。

そこで、瓢の酒を分けてやって、「何か詠んだら聞かせてくれ」と言うと、彼らは、「私は安と言いますが、仲間内では、秀公と言われている。というのは、毎朝、御茶屋さんなどの入り口の犬猫などの糞を処理しているので、『糞屋の安秀』と申します」と言って、(い)の歌を詠む。

    (い)’ 吹くからに 秋の草木 さむしろに 肱(ひじ)を枕に われはやすひで

次の者は、「私は生来の怠け者で年中向こうの垣根のそばで丸くなって寝ていますので、『垣の内の人丸』と申しますと言って、(ろ)の歌を詠む。

    (ろ)’ ほのぼのと 明かしねたる 雪の夜も 編み縮みて 人丸く寝る

最後の者が、「ご覧の通りの業病で、名は平公と言いますが、これを洒落で『なりひら』ということになっています」と言って、(は)の歌を詠む。

    (は)’ 千早振る 神や仏に見放され かかる姿に われは業平

皆、有名な歌をもじったものだが、隠居は、「なかなか感心。皆、それだけの心得があるとは、さしずめ和歌の三神というところかな」と言うと、彼らは、「いえいえ、馬鹿の三神ですよ」と。

皆、それぞれ理由があって、そういう状況にある。彼らは彼らとして生きており、それはそれで存在価値がある。明治時代の作者は、どういう意図で、この作品を作ったのかわからないが、厳しい環境でも、洒落心は忘れないようにしたいと言いたかったのかもしれない。

そういう人々でも、現在の日本では、文盲はいない。実際、新聞などをよく読まれており、知識という点においては、私達とそんなに差は無いだろう。市井の中の“和歌の三神”は外見だけでは、なかなかわからないだろう。結構、世の中の辛酸を舐めているだけに、観察眼も鋭いかもしれない。芸術家や文化人とも紙一重だろう。

この落語は、そういうことをよく示している。このことが理解できない一部の若い人たちが彼らを冒涜するのは情けない。そんなことをやれば、いずれ自分に返ってくる事がわからないのだろうか。結局、自分自身を傷つけるだけだ。

このように落語はいろいろ教えてくれる。立派な書籍に触れるのもいいが、こういうお笑い文化に気づかされることも多い。単純に笑うお笑いもいいが、中身を少し深く考えてみるのも、もう一つの味わい方である。

*注  ちなみに、古今和歌集には、よみ人しらずとなっている。

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2007年3月 7日 (水)

柿本人麻呂と神社

明石にある柿本人麻呂神社(注記参照)に先日、所用も兼ねて、初めて行って来た。ちょうど明石天文台の真裏の北にある。今まで、明石天文台は、息抜きとして、プラネタリウムを見に、ちょくちょく行くので、近くまで行くのだが、神社には、あまり興味がなかったので初めての訪問になる。

柿本人麻呂については、なかなか専門家でも、不明な点が多いようである。ある意味、謎の人物である。わかっていることは、奈良時代に、持統天皇、文武天皇に仕え、和歌の道に勝れていたということだろう。

出生などは不明のままで、明らかになっていない。後世、「歌聖」とか「歌仙(うたひじり)」として高く評価されている。それに万葉集に残している歌の数が中途半端ではない。また、日本の学者だけでなく、韓国の学者も強く関心を示している歌人でもある。

そこには、彼が渡来人で、古代韓国語もよく理解していたのではないかという仮説がある。確かに、渡来人であるとか、捨て子で渡来人に育てられたとか、色々説はあるようだ。だが事実は不明だ。

はっきりしているのは、彼の作品から、彼が、額田王同様バイリンガルであった可能性は高い(ただ、額田王の場合は、親が鏡の製作者というところから渡来人の二世と推定される)ということだろう。

そういうことを言うのは、万葉集が、日本語的解釈では明らかに限界があるからだ。現代語解釈だと、どう考えてもおかしいものが多すぎる。流風が考えるに、当時は、ひらがなが発生しつつある中途であり、いろんな言葉が混在しているのだと思う。

現代の日本語からすれば、万葉集は言葉の体系が複雑であったと言える。その結果、彼の歌は、表面的な日本的な解釈と、古代韓国語での解釈では、全く意味の異なると考えるのは頷ける。

それに彼は文化的教養は高いのに、身分は低く、難しい立場にあったようで、その鬱憤を建前を日本語で、本音を古代朝鮮語で表現して、憂さを晴らしている可能性は高いと言えるだろう。それは日本に留学している人々が、日本人には、わからないだろうから、母国語で、日本の悪口を言うようなものである。

さて、そのことはさて置き、柿本人麻呂神社は他の地区にもあるようであるが、明石の柿本人麻呂神社が有名であろう。仁和3年(887年)、月照寺の僧、覚証が、柿本人麻呂の霊感をこの地に感じ取り、寺の裏に人麻呂を祀る祠を建てたようだ。

後、元和3年(1617年)、小笠原忠真が、明石城を築城する際、現在地に移転させ、元和6年、小笠原忠政が、人麻呂公を歌聖として尊崇され、お祀りした。享保8年(1723年)に、正一位の神階と「柿本大明神」の神号を宣下されたという。

御神徳は、祭神が柿本人麻呂のため、和歌の神、学問の神とされる。平安末期には、人丸影供(ひとまるえいぐ)として、歌会に際して、まず人麻呂像をかかげて、お供えする儀式が行われたようだ。

また「人丸→火止まる」というところから、火除けの神様でもある。さらに、「人丸→懐妊(ひどまり)」ということから、安産の神でもある。さらにさらに、人麻呂は愛妻家だったため、夫婦和合の神としても、祀られている。

後世の期待は、いろんな面のある人麻呂だが、この神社から、人麻呂の時代を感じてみるのも悪くないと思う。彼は、この近くで何を感じ取ったのだろう。

*注記 柿本人麻呂神社

交通は、JR明石駅を下車し、北側の線路伝いに東800メートルを行って、明石天文台を目指して北に上がる。若干わかりにくい。初めての人は、山陽電車人丸駅を降りて、北に上がる方がわかりやすいかもしれない。

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2007年3月 6日 (火)

女性からのプレゼント

今から振り返れば、女性からプレゼントをもらったことは、流風でもある。生涯、一番最初のプレゼントは、中学生の頃、もらった手編みのマフラーだった。

特に関心のなかった女子からのプレゼントだったので、少し驚いた。嬉しさより、驚きの方が強かった。でも、しばらくして、ほどけてしまったので、使ったのは1~2回だったと思う。手編みの技術は未熟だったようだ。その気持ちは有難かったが。

その後は、社会人になるまで、音沙汰なし(笑)。社会人になって、色々な催し~クリスマス、バレンタインデーのお返し、誕生日~などに、いろいろもらったけど、あまり気に入った物はなかったように思う。

カバン、ネクタイ、時計、置物とか、もらったことがあるが、あまりにも流風のセンスと異なるので、困ったことがある。しばらく手元に置いていたが、付き合いがなくなると、すぐ処分したと思う。趣味のいいものなら、残しておいてもいいと思うが、そういったものは一点もなかった。

ああいうのは、どういう選択基準があるのだろうか。それとも、彼女等のセンスと言ってしまったらいいのか。とても気恥ずかしくなるような代物だった。誰かに相談したのだろうか。

それは親密度の違いは関係ないようだった。断っておくが、彼女等は、皆、普通の人たちである。たまたま、そういう女性に当たっただけのことだろうか。

後で、気がついたことは、女性は男性のことなど考えていなくて、女性の感性で物を選んでいるのではないかということだった。それなら、何とか理解できる。

そういうと、百貨店売り場の男性用品売り場の女店員も、必ずしも趣味はよくない。だからスーツ一つ選ぶのにも、女店員にはアドバイスを、もらわないことにしている。

男の選択眼と女性の選択眼は、一般に異なる。そういうことを理解していないと、男と女の間にズレが生じる。これは逆の場合でも、そうだろう。

実際、流風が、プレゼントしても、所謂「消えもの」の場合は、喜ばれるが、そうでない場合は、何か反応が悪いケースが多かった。それ以後は、事前調査するか、一緒に選ぶようになったものだ。

とにかく、異性へのプレゼントは難しいものである。下手なプレゼントをして、お互い、プレゼントが、ごみ扱いされないようにしたいものである。

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2007年3月 5日 (月)

『和歌の三神』あれこれ

日本では、いろいろな人を神様にするけれど、『和歌の三神』というものがある。ただ、色々な組み合わせがあるようで、一つにまとまっていないので、一般には混乱を招いているかもしれない。

それにしても、日本人は、三つの組み合わせが好きである。三本の矢にしても、毛利元就に息子が三人いなかったら、あの逸話は残らなかったかもしれない。

紋所も、そのようになっている物が多い。代表的なものは、徳川家の三つ葉葵の紋所もそうだし、三つ鱗という紋所もある。

かつて、「三つの歌」なんて番組もあった。流風も古いね。若い方は、ほとんどご存じないだろう。

企業名だって、三菱に、三井。神戸の企業なら、三ツ星ベルトなんてものある。

コンサルタントという方々が大きな顔して出すプレゼンも、三つ提案するのが多い。二つだと、極端なケースになるし、クライアントは判断に苦しむし、四つ以上だと、印象が薄められて、余計に迷うことになるからかもしれない。もっとも、猛者に言わせると、プレゼン二つ論も根強いが。

幾分脱線したので、話を元に戻すと、『和歌の三神』を具体的に示すと、以下のようになる。

一の組み合わせ

  住吉神社(住吉明神)、天満宮(菅原道真公)、玉津島神社(玉津島明神)

二の組み合わせ

  住吉神社(住吉明神)、玉津島神社(玉津島明神)、柿本人麻呂神社(柿本大明神)

三の組み合わせ

  柿本人麻呂(柿本大明神)、山部赤人(山部赤人)、衣通姫(=玉津島明神)

まだ、他にもあるかもしれない。大体、後世の人たちが、それぞれの考えで、組み合わせたのだろう。

例えば、住吉神は、基本的に、最初は航海の神だった。それを住吉大社の神主が、「歌の神」である玉津島神社から神を新たに迎えたから、和歌の神を祀る神社になっただけのことである。

まあ、世俗的に考えれば、神社の都合で~神社の商売の都合~で、民間企業の事業拡大と同様、神様の守備範囲を広げたとも考えられる。その結果、祀られている神さんも増えた。しかし、あまり広げすぎると、人々に覚えてもらえない。そこで、三神を主として、祀っているのだろう。この『和歌の三神』も、それに倣ったのだろう。

神社も、それぞれの営業姿勢?によって、発展もすれば、衰退もする。そういう点は、世間の商売と何ら変わりはない。あんまり、書きすぎると、神社辺りからクレームが来そうなので、本日はここまで(笑)。

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2007年3月 4日 (日)

バイオエタノールという環境破壊

バイオエタノールを推進するのが、果たして望ましいものか、大いに疑問がある。バイオエタノールの大国、ブラジルは、森林破壊して、バイオエタノールの材料となる穀物を生産しているため、地球の温暖化を促進することにつながっている。

農水省は、2030年までに、年600万キロリットルの国産バイオエタノール製造が可能との報告書を出したようだが、日本にバイオエタノールは必要であろうか。確かに、多様なエネルギー資源の技術開発は必要と思うが、研究にとどめるべきだろう。

また環境省の姿勢にも疑問が残る。世界の森林保護は、世界の環境を守るために重要なことだが、エネルギーというものに捉われすぎて、大切なものを失おうとしている。環境行政が、エネルギー政策に振り回されては、環境省の主体性が失われる。

いずれにしろ、両省は、エネルギーと地球環境とは、バランスの取れた思考が望まれる。

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2007年3月 3日 (土)

管理者に相応しい人物の評価

仕事をさせる上での、管理者に相応しい人物の評価はなかなか難しい。それは人は変るからであろう。しかし、本質的なものは変わりにくいから、その辺で判断するしかないのかもしれない。一般的に、言われているのは次のようなことだろう(*注記参照)。

一、嫉妬深い人に大きな仕事を任せてはならない。

嫉妬深い人は、どうしても公平な視点が欠ける。それでは、人々をまとめることは難しい。それに、彼らは、ちょっとしたことで、裏切る可能性が高い。

二、目先より先見力のある人を用いることが望ましい。

全ての目先が無用ということではない。現在をきちんと押さえた上で、先見力が求められる。ただ、どちらを優先させるかというと、先見力が優先される。

三、反省して、思慮深い者は、責任あるポストにつけてよい。

省みることの大切さを説く。あの幸之助も、毎日、自分のやったことで、褒めることと、自分が反省しなければならないことをそれぞれ三つずつ寝る前に確認したようだ。のんべんだらりと、一日が過ぎ去っていては、進歩がない。そういう生活態度では、責任者に据えることはできない。

四、即断より、熟考の上、行動し、成果を急がない者を尊ぶ。

即断は誤りが多い。一見、格好よく見えるが、結果は乏しい。じっくり先を見て、決断するのが宜しい。成果は、遠くにある。

五、短期的な利益より、長期的利益を優先する者は、重要なポストに就けてよい。

特に、目先(目先の評価や金銭)に追われている者は、危い。成果主義の危さ。欧米のビジネスの仕方の危さ。目先の成果ほど、人間を堕落させるものはない。今は辛くても、長期的視点に基づく行動が求められる。

六、多くの部下から尊敬される人は、ポストに就けてよい。

仮に仕事はイマイチでも、尊敬されている人の下では、成果が出やすい。営業で著しい成果を上げた人が必ずしも、管理職やトップに相応しくないのは、そのことを指している。また頭のいい人は、目につきやすいが、組織から浮き上がりやすい。そういう人は、専門家として遇するべきで、管理者ポストには不向きである。

七、目先の成果で評価してはならない。評価には、時間をかけて行う。

短期的評価は、必ずしも長期的評価にはつながらない。人の評価を固定的に考えることは、企業にとってマイナスになる。目立った成果より、地道に確実に成果を上げ続けることが大切だ。

八、軽率な発言をする者は、用いてはならない。

軽率な、ということは、場面に応じた発言ができない人を言う。いくら真面目でも、その判断ができない人は、管理職に不向きだ。

九、安請け合いする者は、信用してはならない。

できる算段もないのに、約束することは、結局、信用を失う。できないことは簡単にできると言うべきではない。きちんと条件を明確にして、可能性を追求するべきなのである。

十、あまりにも小さいことに拘る人物は用いてはならない。

重箱の隅をつつくということでは、人々の士気に影響する。一般に、社内情報屋と言われる人々である。長所・短所を理解し、長所を伸ばす配慮が必要である。だからと言って、彼らを排除せよとは言わない。彼らは管理者には不向きだが、活用の余地はある。

十一、偏った考え方をする人物を用いてはならない。

常に環境は変化している。一つの考え方に捉われることは、大きなリスクを取り込むことになる。偏った考え方は、流れから逸れる可能性が高い。常に、客観視する姿勢が求められる。

十二、言葉の一つ一つを大事にする人は、大いに用いよ。

リーダーの言葉の影響力は大きい。一つ一つ吟味して発言することが求められる。言葉の重みを理解すべきだ。相手が、言葉の意味を考えるようになったら、それは成果だ。

*注記

これらの考え方は、『管子』をベースにしている。

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2007年3月 2日 (金)

健康のための三つの呪文

健康になる三つの呪文。この三つの呪文を唱えると、病気になりにくいと云う。流風としては、他人様に大きな声ではいえないけど、これからの人には、誤りなき人生を送って欲しい。

一、ありがたい

これは、誰でも知っている。「有難い」。有ることが難しい。そう思う心から、感謝の気持ちが生まれる。そうすると、怒りがなくなり、病気になりにくいし、周囲も病気にさせない。また怒りは、周囲に毒を発することが知られている。よく怒る人には近づかないことも大切。毒に煽られたら、自分も被害を受けるからだ。

二、もったいない(勿体無い)

有名なアフリカ女性によって、全世界に知らしめた日本の伝統的な言葉。健康に関しては、病気になるのは勿体無いと考える。確かに、病気になると医療費もかかるし、時間も無駄にすごさなければならなくなる。だから、病気になるのは、もったいない。そう、考えれば、予防に注意するようになる。

三、ばちがあたる

天は常に、良い時も悪い時も、あなたを見ている。この身体は先祖から与えられたもの。何億と言う精子の中から選ばれて、役割を担って、この世に出てきた。世に尽くさねば、生まれてきた価値がない。そのためには、健康を維持しなくてはならない。そういう気持ちがあれば病気にはならない。使命感は、健康を保つ。

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2007年3月 1日 (木)

男の料理のアドバイス?

年上のあまり料理をやらない知人から、信じられないことだが、「野菜炒め」の仕方を教えて欲しいと言って来た。ブログに上げる積りは無かったが、そういう人もいるのかなと思って記しておく。

別に、流風だって、人様に偉そうに言えるほどのレベルではないと思うが、少なくとも、料理嫌いの母親よりは美味しいと思うと自画自賛。

そういうと、大阪のあるNPOが定年退職者向けに料理のレシピ本を出版したらしい。料理に縁のなかった人も、呆け封じにはいいかも。

流風が考えるに、料理の基本は、まずベースとなる料理本を入手すること。料理教室に行ってもいいが、どうしても遊び感覚になってしまう。基本は、自習による実践が必要だろう。

次に、調理器具の機能を知って、ある程度揃える必要(すでにある場合は機能の確認)がある。ただし、初めから、全てを揃える必要ない。大体料理の下手な人ほど、調理器具を揃える傾向があるからだ。最低限度の道具があればいい。

後は、料理は下準備か大切。材料、だしなど。料理のための材料を買いにいくのもよいが、冷蔵庫にあるもので、適当に調理する技術も求められる。ただし、基本的な野菜類は常備しておくことが望ましい。

さて調理だが、こういうことは、今まで仕事をやってきたように、段取りさえ覚えれば、料理なんて簡単だ。レシピ通りに、まず何回か作ってみる。この何回かがポイント。

レシピを見ながら、何回かやっていると、コツがのみ込めて来る。そうすると、自然にレシピなしで作れるようになる。そういうことを理解すれば、後は本人の味覚次第でオリジナルを作ってみる。

更に、美味しい物が食べたいと思えば、自然と向上心が沸く。「食いしん坊」であることが、料理の上達の第一歩だろう。

別にプロを目指すわけでもないし、自分のペースでつくればいい。だから定年退職者も積極的にやればいいと思う。誰でも、それなりのものができるはずだ。

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