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2007年3月26日 (月)

名医とは

誰しも病気になった時、名医にかかりたいものである。大体、評判のいい医師を探したりする。それは自分の命に関わることだから、理解できる。

ただ、患者の側にも問題のある場合はある。どんな名医も治せないこともある。次の逸話は、示唆に富むものであろう。

時は、京都の所司代が板倉重宗の頃、彼は病気になった。市中の医者に全てあたったが、回復することはなかった。そこで、当時、名医と噂された、古林見宜を大阪から招いて、診てもらった。

古林見宜は、診察を終えると、私の処方する薬を飲めば治るでしょう、という。代金は、というと、一服一両するという。非常に高価だ。家臣も皆、びっくりしたが、命には代えられない。板倉重宗は、治るのならと思い、飲み続けた。

翌日以降も、見宜は往診に来て、服用の継続をすすめ、板倉重宗も仕方なく服用を続けた。そうすると、しばらくして快方に向かい、全快した。

最後の往診に見宜が来た時、板倉重宗は、お礼の言葉を言い、何と言う薬かと尋ねた。

ここでの、見宜の言葉が面白い。「何、どこにもある薬ですよ。別に珍しいものではありません」と言う。

訝った板倉重宗は、「良薬だから治ったのではないか。それゆえ高かったのではないか」と聞く。

そうすると、見宜は応えて言うには、

「京の医師に治せない病気を、この私がどうして治せましょう。診察したところ、誰でも治せるものでした。それがなぜ癒えないのか。考えて見ると、それはあなた様に原因があるのではないかと思い至った。

勝手に、医師の処方した薬を良いの悪いのと勝手に判断され、医師に注文をつけすぎる。医師の忠告を守らず、勝手放題される。それで、違う症状が現れ、また違う処方をさせる。そんなことをしていては、治る病気も治らない。

そこで、安価の薬を高価と偽り、お渡ししました。そうすると、さすがに服用されました。結果的に、私の注意を守り、快癒されたというわけです」と。

板倉重宗は絶句したという。

この話は、単に笑い話ですまない。私達も、病気になると、平常の心理と違い、色々心配になって、医師のアドバイスを無視したり、素人判断したりする。そのことが、病気を複雑にしていく。

このことで、思い出されるのが、父方の祖母のことである。彼女は、大変な病気になり、当時では治すのが難しいとされていたが、医師のアドバイスや処方の薬を、その指示通り実行し、快癒させ、周囲を驚かせたと聞いている。

やはり信じた医者には、任せるのがベストなのかもしれない。

*参考文献 『決断の一言』(風巻絃一著)

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