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2007年3月27日 (火)

美術品の個人所有の是非 その1

芸事や骨董品収集などは、身を滅ぼす、とかよく言われる。手を出すと、往々にして、仕事を忘れてしまい、お金の無駄遣いにつながる。大体、経営者の場合、三代目から手を出す傾向あり。今回は美術品愛好について、少し考えてみた。

美術品は、好みはあるだろうが、個人的には癒してくれる物もあるかもしれない。だが、個人が所有したところで、次の世代に引き継げるものは、わずかだろう。だとすれば、個人が所蔵するのに、どれだけ意味や価値があるのだろう。

若かりし頃、流風が、間違って迷い込んだセミナーで、近くの席になった人は、流風が、「美術品なんてコピーでいいじゃないですか」と言うと、その人は、「美術品は本物でなければ意味がない。本物には、本物のよさがある」と、強く語っていたのを思い出す。彼の本物へのこだわりはかなり強いようだった。当時、そんなものかなあ、と思ったものだ。

だが、どんな高価な絵も、燃えれば灰になるし、どんな高価なガラス工芸品や陶器にしても、落とせば粉々になる。全ての物は、所詮、人間同様、土になる。確かに、生きていくのに、楽しみは必要だが、大金をかけるようなものではないだろう。

例えば、絵であれば、ポスターもあるし、それを額に入れて飾れば、それなりに楽しめる。ガラス品や陶器にしても、実用品として用をなさなければ、あまり意味もない。現在、骨董品として残っているのは、時代によって、持つ人によって実用品の意味は異なるが、ほとんどが生活に根ざしたものであろう。

どうしても、骨董品収集をやりたければ、現役時代は、そういったものには手を出さず、どうしても手を出したい場合は、現役引退後、お金があれば、趣味の範囲で予算を決めて、やればいい。

そして最終的には、国や公共団体に寄付するつもりでいたほうがいい。しかし、基本的には手を出さない方がいい。所詮、捨て金に過ぎない。全ての捨て金が無駄とは言わないが。

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