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2007年3月 8日 (木)

落語『和歌の三神』に学ぶ

先日のブログでは、「和歌の三神」を取り上げたが、落語にも、『和歌の三神』というものがある。でも、あまり演じられないように思う。

すなわち、「和歌の三神」という知識も必要だし、和歌の知識がなくても、単純には笑いは取れるかもしれないが、真の笑いが取れないからだろう。若い方はともかく、中高年以上でも、どれくらい人が理解できるだろうか。その辺、落語文化を残すのも難しい。

さて、この落語では、文屋康秀、柿本人麻呂、在原業平を三神として取り上げ~一応記すと、調べた限りでは、文屋康秀は「神」としては祀られていない。歌仙ではあるけれど~、次に示す彼らの歌をもじって、茶化している。ちなみに茶化す文化は、日本の庶民にずっと伝わっていた文化である。

それでは、落語に出てくる、その元歌を揚げておこう。

    (い) 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ

                             (文屋康秀、百人一首22番)

    (ろ) ほのぼのと あかしの浦の 朝ぎりに しまかくれゆく ふねをしぞ思ふ

                      (柿本人麻呂の歌と云われている。*注)

    (は) 千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは

                             (在原業平、百人一首17番)

この落語の筋は、風流好みの隠居が、嫌がる権助とともに、向島に雪見に出かけたところ、三人の乞食が土手下に集まって、「したみ酒(こぼれ酒のこと)」で酒盛りをしていた。そして「何か歌でも詠おうか」と言っているのを聞いて、隠居が感心する。

そこで、瓢の酒を分けてやって、「何か詠んだら聞かせてくれ」と言うと、彼らは、「私は安と言いますが、仲間内では、秀公と言われている。というのは、毎朝、御茶屋さんなどの入り口の犬猫などの糞を処理しているので、『糞屋の安秀』と申します」と言って、(い)の歌を詠む。

    (い)’ 吹くからに 秋の草木 さむしろに 肱(ひじ)を枕に われはやすひで

次の者は、「私は生来の怠け者で年中向こうの垣根のそばで丸くなって寝ていますので、『垣の内の人丸』と申しますと言って、(ろ)の歌を詠む。

    (ろ)’ ほのぼのと 明かしねたる 雪の夜も 編み縮みて 人丸く寝る

最後の者が、「ご覧の通りの業病で、名は平公と言いますが、これを洒落で『なりひら』ということになっています」と言って、(は)の歌を詠む。

    (は)’ 千早振る 神や仏に見放され かかる姿に われは業平

皆、有名な歌をもじったものだが、隠居は、「なかなか感心。皆、それだけの心得があるとは、さしずめ和歌の三神というところかな」と言うと、彼らは、「いえいえ、馬鹿の三神ですよ」と。

皆、それぞれ理由があって、そういう状況にある。彼らは彼らとして生きており、それはそれで存在価値がある。明治時代の作者は、どういう意図で、この作品を作ったのかわからないが、厳しい環境でも、洒落心は忘れないようにしたいと言いたかったのかもしれない。

そういう人々でも、現在の日本では、文盲はいない。実際、新聞などをよく読まれており、知識という点においては、私達とそんなに差は無いだろう。市井の中の“和歌の三神”は外見だけでは、なかなかわからないだろう。結構、世の中の辛酸を舐めているだけに、観察眼も鋭いかもしれない。芸術家や文化人とも紙一重だろう。

この落語は、そういうことをよく示している。このことが理解できない一部の若い人たちが彼らを冒涜するのは情けない。そんなことをやれば、いずれ自分に返ってくる事がわからないのだろうか。結局、自分自身を傷つけるだけだ。

このように落語はいろいろ教えてくれる。立派な書籍に触れるのもいいが、こういうお笑い文化に気づかされることも多い。単純に笑うお笑いもいいが、中身を少し深く考えてみるのも、もう一つの味わい方である。

*注  ちなみに、古今和歌集には、よみ人しらずとなっている。

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