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2007年3月14日 (水)

花の命は

“花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき”と、小説『放浪記』で語ったのは、林芙美子だが、桜の花の寿命を長くしようと祈ったのは、先のブログでも紹介したように、あの桜町中納言だ。

桜の花は、他の花に言えないような美しさがある。そこで、桜町中納言は泰山府君を祀ったのだろう。春がよほど好きだったようだ。気持ちもわからぬでもない。本心は隠していたかもしれないが。

謡曲『泰山府君』では、桜町中納言が、桜の花の寿命を長くするために、寿命を司る泰山府君に祀る姿が描かれている。能以外では、天照大神に祈ったとある。

なぜ祀ったかといえば、流風が思うに、本音は、かつて許婚だった女性を桜に見立て、昔を懐かしみながら、心の逢瀬を楽しんでいたのではないか。しかし、それは表立って言えることではない。

そこで、建前上は、桜の花の寿命を延ばしてやろうとしたことにしてカムフラージュしているのではないか。桜の花の寿命は短い。それは花が散るということが当時の人々には不吉と感じられたことを理由にしているのだ。だから、それをうまく言い訳に利用しているのだ。

結果的には、7日の桜の寿命が21日に延びたとしている。多分、生産者に、できるだけ花を散らさないように、寿命を延ばすよう命令していたのだろう。そして、生産者の努力がみのり、寿命が延ばすことができた。それを祝した曲とも言えないこともない。

* 注記

以上は、流風の私的見解で、謡曲にそのように描かれている訳ではない。

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