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2007年4月10日 (火)

終戦前夜のこと

映画で硫黄島の栗林忠道中将が話題になったが、彼の戦いは、米国の日本に対する方針に、大きく影響したことは否めない。しかし、やはり知っておかなければならないのは、あの戦争の成り行きと終戦直前の状況だろう。

実は、米国のルーズベルト大統領は、日本との戦争が始まった段階で、すでに日本の占領案が考えられていたという。それはドイツと同様、4ヶ国で分割する案だった。ソ連には、北海道と東北を与えようと考えていたらしい。

それに対して、知日派の人々~その中心人物はグルー大使だった。グルーは日本が好きで、詳しかった~は抵抗して、絶対に4カ国分割は避けるべきだという主張と、天皇制を残さなければ、日本の占領はうまくいかないという意見を打ち出していた。世界で日本の皇室の評価は高いが、案外、一般国民は、その恩恵を感じていないかもしれない。

しかし、ルーズベルトは強硬で、知日派で影響力があったグルーも手を焼いたようだ。しかし、硫黄島の戦いに手間取り、米国内に厭戦(えんせん)気分が漂い始めたのだ。そして、ルーズベルト大統領が突然死ぬ。これで大統領がトルーマンに代わり、方針が180度転換する。すなわち、1カ国占領案に変わるのだ。

そこからは、当時の内閣、鈴木貫太郎内閣総理大臣が、「日本人は、敵将の死を喜ぶような下劣な民族ではない。謹んで弔意を表する」と、声明を出し、米国は、これを聞いて、日本には講和の意思ありと判断する。トルーマンは、就任演説で、無条件降伏に関する内容を変えたと言われる。すなわち、「日本国の無条件降伏を要求する」から「日本軍隊の無条件降伏を条件とする」に。

これを聞いた日本の首脳は、もしやと期待するが、その後は、以前に書いたようなことで、曖昧な対応が、米国に伝わらず、結局、都市部への無差別空襲と原爆投下によって終戦を迎えた。これらのプロセスを考えた時、人々のいろんな思惑はうろうろしている。しかし、しっかりとした意思を表示しなければ、うまくいかないことを示している。

それは残念ながら、現在の日本の海外とのやり取りにも散見される。相手の発言の十分な読み取りと、すばやい実行。これが大切なのだ。言葉のニュアンスを時系列で正確に読み取らなければ、タイミングをはずして、全ての努力が無駄になるということだ。

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