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2007年5月12日 (土)

似ているものあれこれ

美人の喩えの、「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」は、誰でも知っているだろう。しかし、連休の終わりと共に、牡丹の花は散ってしまった。これからは、芍薬が見所だ。そして百合は、夏まで待たねばならない。

ところで、どこかの郵便局が発行した切手が、芍薬と牡丹の写真を間違ったようだが、実際、見た人はわかるだろうが、花は確かによく似ている。ただ全体を見ていれば、わかりそうなものだが、・・・。

また一卵性の双子の兄弟・姉妹は、似ているのは、当然として、他人の空似は確かにある。以前、町で声を掛けたところ、全く別人だった経験はある。じっと観察すれば、明らかに違うのだろうが、雰囲気が似ている人はいる。

モノでは、海外では、著作権を無視して、コピー商品が氾濫している国もある。もちろん著作権の認識がない人々もいるだろう。しかし、あれは、作為的に似させているのだから、不愉快である。

ただ、何でもかんでも、著作権というのも引っかかる。本当にユニークで価値あるものとは何なのか、もう少し考えてみる必要もある。また著作権の有効期間も、短くする必要もあるかもしれない。

芸術の分野でも、絵画の模倣が問題になった画家もいた。問題は、接触していた近い人の作品に似ていたということがあったことだろう。そもそも人間の記憶というものは、曖昧であり、一度インプットしたものが、後日、自分のオリジナルと勘違いすることはよくある。

それに元来、人間の思考は似ているだろうし、身体的限界を考えれば、題材が似て当たり前ということも言える。だから、全く関わりのない遠方同士の人間が全く同じアイデアをすることも現実にある。そう考えると、オリジナルというものは限られる。

そして最近は、特殊メイクで、他人と似させることもできるようだ。ただ冗談でやるのはともかく、悪意だと問題になりそうだ。全てのことは、やる方の考え方で、大きく結果は左右される。そして、相手を深く理解することが、悪意に対する実害を減らしていくのだろう。

ちなみに、芍薬はボタン属で、牡丹と同じ属らしい。そういう紛らわしさが、人々を迷わせるようだ。

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