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2007年6月30日 (土)

昨日・今日・明日

“昨日・今日・明日”なんて聞くと、ソフィア・ローレンを思い出す。若い人はわからないだろう。流風も老いたものだ。彼女が出ていた映画に、『昨日・今日・明日』という映画があった。

ちょっと変わった内容だったと思うが、子供の頃で、はっきりとは覚えていないし、筋もよく理解できなかった記憶がある。派手な女優が、イタリア的に、よく叫んでいる風に受け取ったに過ぎない(笑)。

さて、謡曲では、『放下僧』で、父牧野左衛門が、利根信俊に打たれ、遺児の兄弟が放下僧に変装して、仇討ちを成し遂げるが、その時の信俊との禅問答のようなやり取りに、次のような句が見える。

 “愚見抄云、昔とは廿年三十年以往のみを云ふに非ず、大かた過ぎにしは、去年も今年の昔、昨日は今日の昔、また今日は明日の昔なりと”

一瞬一瞬を真剣に生きよということか。

*注記

「放下僧」とは、広辞苑によると、「田楽から転化した品玉・軽業などの曲芸をする人」の事を指す。ささら・鞨鼓(かつこ)などのはやしを用いて、その芸を演じる。もとは僧形だつたが、後には俗体となるとある。

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2007年6月29日 (金)

ショートパンツの流行

女性の間で、ショートパンツが流行っているらしい。いろんな所で、惜しげもなく脚を出している女性を見かける。やけに目に付く。場所によっては、目のやり場に困るが。

そういうと、流風、若かりし頃も、「ミニスカート」や「ホットパンツ」全盛の時代もあった。ホットパンツはともかく、ミニスカートは若い女性だけでなく、中高年にも流行った記憶がある。

ただ、当時、ミニスカートやホットパンツは、猫も杓子もはいており、必ずしも似合う人たちばかりではなかった。だいたい、ミニスカートは来日した英国のモデル、ツゥッギー自体、脚が細すぎて不気味だった。そして当時のミニスカートは、彼女の体型でないと似合わなかったのかもしれない。

当時の日本でも、太い脚や、短い脚の女性では、着物姿は似合っても、さすがにミニスカートやホットパンツは似合わなかった。それに無理して流行を追っかけていたようだ。自分を客観視できない時代の雰囲気は恐ろしい。

それに、当時は、一部の女性だけかもしれないが、必ずしも脚の手入れも十分ではなく、若干、迷惑に感じたものだ(笑)。流風が女性だったら、絶対ミニスカートやホットパンツははかないだろう。

しかし、最近のショートパンツをはいておられる女性はスタイルも抜群だし、惚れ惚れするような見事な脚だ。どうして、あんなにスタイルがいいんだろう。そして、スタイルに自信のない人は、無理してショートパンツをはかないことが宜しい。女性も進歩した。

それにしても、あんなに長い脚を持っておられるのは、少々短足気味の流風にとっては羨ましい限り。それに若いから、肌に艶がある。若さというのは素晴らしい。これからも目の保養を期待したいものだ。

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2007年6月28日 (木)

歴史小説の捉え方の違い

以前にも若干触れたが、歴史小説と題材になった史実との間には、明確な差異が認められることが多い。ところが、時を経るにつれて、小説が史実と錯覚する場合がある。

母方の祖父が好きだった浪曲などの題材は、かなり脚色されているので、事実とは程遠いことも多い。祖父は、浪曲を聞いて涙を流し、うんうんと頷きながら聞いていたものだ。

それに対して、父は、浪曲などは史実と違い、嫌いだとよく言っていた。父は、浪曲を聞いている姿を見たことがない。血がつながっていないので、当然そういうことはあろうかと思うが、あまりの感じ方の違いに、流風は子供の頃、戸惑ったものだ。

祖父の場合は、歴史的事実は別にして、その人情物に感動して涙を流していたのだろうが、それは彼の人間観を育てていたように思う。この世の中の不条理を理解して、それでも人々には温かく接していたように思う。

父の場合は、どちらかというと、合理的な発想をして、やや冷たい印象が強かった。頭がよいのが災いしたのかもしれない。小説はもちろん、史実も、勝ち残った者が書いたのだから、真実はわからないという考え方だった。現在でも、同様なタイプはいるだろう。

しかし、創作された小説であっても、感動し、心を動かすことは大切と思う。そこには、作者の気持ちがこもっている。史実を客観視することは大切だが、そこに投影する考え方を評価するのは間違いではないと思う。

あまりにも全てを合理的に判断すると、世の中が見えなくなるかもしれない。流風も、そういう部分を引き継いでいる部分もあり、注意せねばならないと自戒する。

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2007年6月27日 (水)

捨て子と和泉式部

捨て子というと、「赤ちゃんポスト」が話題になるが、捨て子は昔からあった。寺の前とか、お金持ちの庄屋さんの前とかにおいて、後事を託すのである。事情はいろいろある。

武家においても、いろんな言い伝えがあり、旧弊にならって捨て子はあったようだ。一応、その場合は、証拠となるものをつけていたようだが。

さて、藤原道長が、「浮かれ女」と評した、あの和泉式部も捨て子をしている。事情はよくわからないが、離婚した時に、子供を捨てたようである。

彼女は、最初、橘道貞と結婚している。ちなみに彼女の呼称は、彼の任地が「和泉」だったことと、父親の官名の「式部」から、和泉式部となっている。

そして最初の夫、橘道貞との子供が後の小式部内侍(*注)である。小式部内侍といえば、百人一首第六十番で選ばれるほどだから、彼女の和歌の能力も和泉式部に劣らず優れていた。

その彼女を、和泉式部は捨てている。どうも、子供の出生を夫に疑われたようで、彼女に言い寄る男性が多かったことが災いしている。美人を妻にすると夫も嫉妬で大変だ。

というわけで、小式部内侍はお寺の前に捨てられる。千手観音像と共に、絹の紐に「捨てし子を たれ取りあげて そだつらん そはぬ情を 思ひこそすれ」という歌を縫い付けて。

彼女とは、後再会して、小式部内侍は、宮中に仕えて数々の名歌を詠んだ。しかし、小式部内侍は和泉式部より早く亡くなっており逆縁である。

捨て子は、いろんな事情で、迫られることもあるかもしれない。しかし、そういうことのないようにするのが大人の務めだろう。親はなくとも子は育つとは言うが、親の愛を受けずに育つ子供が可哀想である。

*注

小式部内侍は、冷泉天皇の第三皇子の為尊(ためたか)親王の弟敦道(あつみち)との間に生まれた子供という説がある。それは、和泉式部が夫の任地に同行しなかったことから、まず為尊親王との過ちがあり、夫との離婚後、敦道から求愛されたことが噂の元である。だが、実際のことは、わからない。

*追記

なお、和泉式部は離婚後、いろいろ浮名を流すが、彼女の本心はわからない。彼女とかかわった男性は、不幸になることが多く、彼女は、後、出家を望むが、思うようにならなかったようである。

ただ、彼女の履歴から読み取れることは、彼女が愛していたのは、最初の夫、橘道貞だけではなかろうかということである。そういう意味では、彼女も孤独だったのかもしれない。

*参考 

 百人一首第六十番 小式部内侍

       大江山 いく野の道の 遠ければ

          まだふみも見ず 天の橋立

ちなみに、この歌は、小式部内侍が、若いのに、歌があまりにも優れているので、和泉式部による代作と疑われ、親の七光りをからかわれたことに対して、即座に応酬した歌と云われる。この歌を詠ったのは、14歳の時と云われている。

問題は、からかった相手。からかったのは、中納言貞頼。彼女に気があったのかもしれない。よくあるよね、気がある相手をからかうこと。ちなみに、彼も才人で、百人一首に選ばれている。

 百人一首 第64番 権中納言貞頼

       朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに

          あらはれわたる 瀬々の網代木

 

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2007年6月25日 (月)

人生15戦

人生15戦という人がいる。そうだとしたら、あなたは何勝何敗ですか。中には、元気な人は、全勝だという人もいるかもしれない。

しかし、人生の綾は複雑だ。14勝していても、最後の戦いで大敗することもある。それでは、過去の勝ちは全て無駄になってしまう。あの孫子は、勝ちすぎることを戒めている。

逆に14敗の人もいるかもしれない。滅多にないことだが、最後の勝利で大逆転することもある。だから、あきらてはいけない。最後の最後まで、チャンスを掴み取ることを考えるべきだろう。チャンスというものは、狙っているからこそ、獲得できるものだ。

しかし、凡人とっては、時々勝って、時々負けるのがよいのかもしれない。よく言われる8勝7敗の人生が、一番望ましいかもしれない。

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2007年6月24日 (日)

泰斗という言葉

泰斗(たいと)という言葉があるが、その意味は、「その道で最も仰ぎ尊ばれている大家」(広辞苑)を指している。もともと泰山北斗であり、この略語である。

マクドナルドをマックとかマクドとか言う若い人同様、いつ頃か「泰斗」と略されている。流風の知り合いでも、わざわざ「泰山北斗」という人は滅多にいない。

言葉の語源は、唐の4大詩人の一人、韓愈の逸話から出ている。彼は孤児である。二歳の時に孤児になり、親の顔も定かに覚えていなかった。苦労して学問に励み、九代徳宗の時、進士に挙げられる。

更に出世して、大臣になるが、度々諫言して左遷される。色々な諫言をしては飛ばされるが、後日、再評価されて戻されたりしている。浮き沈みの激しい人生だった。

特に、十代憲宗の時、皇帝が仏教を重んずるあまり、政治を疎かにすることを憂い諫言して、逆鱗に触れ広東州まで左遷される。十一代の穆宗の時、再び戻され、57歳で亡くなっている。

その彼は、文の究極の模範を求め、名文章家とされる。六経(りくけい。詩経、書経、易経、春秋、礼記、楽記)の文を以って、多くの学者を導き、彼らは韓愈を「泰山北斗」と尊敬した。

このように、彼は能力的にも優れていたのだろうが、まっすぐな性格が災いし、諫言して左遷の繰り返しをしているが、歴史に名を残したことになる。もっとも、歴史に名を残したのは、文章家としての方であるが。

流風は、まだ行ったことがないが、泰山は中国の五大山の一つで、名山とされ、山東省泰安市にある。泰安市から泰山を目指すと三途の川があるそうだ。

泰山は死んだ人の魂が戻ってくる所とされる。言い伝えでは、悪いことをした人たちは、三途の川に落ちて牛や豚になり、普通の人は、そのまま人間になり、善いことをした人は仙人になるという。

パンフレットで見る限り、日本の山とは違う感じがした。そんなに高い山ではなさそうだが、歴史的にも古い山のようである。ちなみに、北斗は、北極星のことで、星の中心として仰がれており、立派な人物を意味している。

*参考 中国の五大山(五岳)

中国の五大山(五岳)とは、この山東省の泰山を筆頭に、山西省の恒山、陜西省の華山、河南省の嵩山、湖南省の衝山を指す。

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2007年6月23日 (土)

パンプキン・スープ

一般に、女性の好きなものとして、“いも・たこ・なんきん”と云われてきた。最近の女性もそうなのだろうか。流風は男だが、どれもよく食べる方かもしれない。

サツマイモは、焼いても蒸しても美味しいし、子供の頃のおやつに母がよく作ってくれたので、その味は未だに舌が覚えている。

たこは、たこ焼きや酢だこぐらいしか味わう機会はないが、嫌いということはないだろう。

最後のナンキン(かぼちゃ)は、煮たり、スープにしたりしている。ただ市場に日本産のかぼちゃは出回っていない。売り場にあるのは海外産である。

さて、今回は、「パンプキン・スープ」を取り上げてみよう。別に、ナンキンスープとか、かぼちゃカープとか呼んでもよさそうなものだが、パンプキン・スープの方が、雰囲気があって宜しい(笑)。

さて、よく作るパンプキン・スープは次のようなものだ(4人分)。

材料:ナンキン400グラム、食パン1切れ、牛乳2カップ、塩、胡椒

手順:

①ナンキンは種等を取り、薄くスライスする。

②鍋にナンキンと食パンを入れ、水をひたひたに入れて、どろどろになるまで煮る。但し、食パンはパンの耳を取ってもよい。流風は邪魔くさいので、そのまま煮て冷ます。

③鍋から、ミキサーに②を入れ、ミキサーすると、全体にとろみがつく。

④再度、鍋に③と牛乳2カップを入れ、煮る。

⑤塩、胡椒、少々で味を調える。

料理としては、簡単だが、濃厚な味で、なかなか美味しい。熱いままでもいいが、冷やしても美味しい。これからの時期は、冷蔵庫に保存しておいて、料理のサイドメニューとしても最適だ。

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2007年6月22日 (金)

恋の方向音痴

好き嫌いはある程度、人間の錯覚とも言えるが、それでも、それまで生きてきて得た、それなりの感性が、人を区別する。もっと深く突っ込んで、遺伝子が特定の遺伝子に好意を持つのだという人もいる。

ただ恋の道にも、よく起こることは、好きな異性には断られ、嫌いな奴に追いかけられることかもしれない。つまり、こちらが好意を持っても、相手側に好意を受け入れられる素地がなければどうしようもない。その辺の遺伝子同士の絡み方は微妙だ。

一方的な好意の押し付けは迷惑でもある。女性には押しの一手だと云われるが、それは相手が当方に幾分かの好意を持っていた場合のことだ。もちろん一緒にいれば情が移るとも云われるが、限度もある。好意のすり合わせもそれなりに意味があることは否定しないが、それで一緒になっても、結局、思いがすれ違うカップルも多い。

だが、ちょっとした天使の悪戯で、男女関係はころっと変わることもある。それは確か、シェイクスピアの『夏の夜の夢』でも描かれている。それほどに、男女関係はしっかりしたものではないということだろう。自分の感性を信じて選択した異性が、期待したほどの者ではないことに度々ぶつかる。そして、その逆もありうる。

古語にも、“花の都の経緯(たてぬき)に、知らぬ道をも問へば迷わず。恋路など通ひ馴れても迷ふらん”(『閑吟集』)とある。道は聞けばわかるかもしれないが、恋の道は人に教えられてわかるものではない。だから、皆、同じ失敗することも多い。

それゆえ、いつの時代も、他人の恋さえも関心事となり、話題となるのだろう。そして恋の成就には、自分の感性を大事にするのもいいが、客観的に見ている第三者の目も大切なことも事実だ。

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2007年6月21日 (木)

幸運とは

幸運とは、結局、本人の考え方で導かれるようである。他人がどう思おうと、自分が幸運と思えば、幸運である。そのように、考え方で決まる。

その底辺には、子供の頃に培われた性格や感情の表現の仕方で左右されているのかもしれない。それは、結局、不幸も同じことだろう。あのシェイクスピアの『ハムレット』で、「いいも悪いも本人の考え方次第」と言っている。

だが、その一方で、同じく彼の作品『お気に召すまま』では、「幸運の贈り物は受ける資格のない人のところばかり届けられる」という台詞が見える。ただ、これは心が偏っているのだろう。

幸福も不幸も、見方を変えれば、同じなのだろう。ただ、幸運を感じる力があるかどうかが、人生を大きく左右することだけは確かのようだ。幸運と思って過ごす方が幸せであるということだろう(なかなか、いつもそう思うことは難しいけれど)。

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2007年6月19日 (火)

須磨離宮公園の賑わい

須磨離宮公園が報道によると、例年より賑わっているらしい。昨年より30%程度、入園者が増えている。それにホームページへのアクセス数も急増しているようだ。

どうも今年テレビ放映された『華麗なる一族』が影響しているらしい。公園内にモデルとなった財閥(旧神戸銀行などを経営した岡崎家)の邸宅が、この公園の場所にあったからだ。

公園自体は喜ばしいことだろうが、流風は、ちょっと困ったぞ。例年、春から秋にかけて、一種隠れ屋的にこの公園を利用していたからだ。そんなに観光客は多くなく、広々としており、ゆっくりした時を過ごせるからだ。ボォーとできる空間なのだ。

休日の利用も、お弁当を持って、親子連れのピクニックの隠れファンも多い。でも観光客が増えれば、場所の確保も難しくなるかもしれない。有名になることはいいことだけど、一面では逆のこともある。

まあ、でも、今までは観光客が少なすぎたか。観光客を避けるには、平日利用という手もある。だが、流風は別の隠れ屋的空間も、そろそろ探すことにしよう。

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2007年6月18日 (月)

梅の効用

梅には八徳というものがあるらしい。岩波書店発行の『図書 2007年6月号』に林望氏が紹介されている。転記すると、

 一、衆樹に魁(さきがけ)て咲き、目を楽しませる。

 二、芳香、能(よ)く鼻を楽しませる。

 三、風姿美しく、庭を飾るに宜し。

 四、鶯鳥囀々(てんてん)、耳を楽しませる。

 五、実り豊かに、口を楽しませる。

 六、梅干とけなりては、体を養う。

 七、魚と共に煮る時は、その毒を消して腥(なまぐさ)さを去る。

 八、核仁また良薬にして煩熱を除き目を明らかにす。

改めて指摘されると、なるほどなあと思う次第。こうして見てみると、確かに梅の効用は多いことがわかる。

また、梅の研究家、南金太郎氏も、梅干の効能の八徳を別の角度から説いておられる。それを記すと、

 一、梅干は病原菌を殺菌し、解毒する。

 二、梅干は、肝臓の働きを強める。

 三、梅干は、疲れた時の梅干1個は、疲労を一気に吹き飛ばす。

 四、梅干は、血液を浄化し、高血圧や脳出血を予防する。

 五、梅干のクエン酸は体の活力を増進する。

 六、梅干は、肉体の諸機関と分泌液を調節し、若さと美しさを保つ。

 七、梅干は、俗に言う「死の灰」のストロンチウムを体外に排出する。

 八、梅干は、老化防止のための成分(パチロン)を含み、唾液の分泌を促進する。

う~ん、すごい効用。最近のいろんな健康情報は信用ならないが、梅干は昔から食べられている健康食品。ある意味、人体実験済み(笑)。昔、弁当箱に乏しいおかずに、御飯の真中に必ず梅干が入っていたのは、多分そういう理由があるのだろう。まあ、それでも、摂りすぎず、適度に摂取することが望ましいのは言うまでもない。

高が梅、されど梅である。将来、梅の木を植えてみようか。そんな場所ないから、そういう所に引っ越さなければならないが(笑)。当面は他人様の梅を鑑賞し、梅干を賞味するしかないようだ。

*平成25年4月18日追記

現在は、実家に引っ越したので、豊後梅を植えている。今年は、多くの実がなりそうだが、梅干しに出きる程度の大きさになるかどうか。

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最近の梅干

母が自分で梅を漬けられなくなったので、昔ながらの梅干が食べたいと言うが、なかなか入手できない。売っているのは、混ざり物が多い。いろいろ買ってくるが、彼女が満足するものはない。やっと先日、百貨店の特別売り場で、和歌山産で、それらしきものを販売していたが、異常に高いので諦めた。

最近の梅干は、昔のように塩と紫蘇だけで漬けるのではなく、いろいろな物が混じっている。理由を聞くと、塩分控えめの要望が強く、そうするためには各種保存料が必要との事である。それに加えて、蜂蜜を入れたりして、いろんな梅干を開発しているようだ。

しかし、母のように、昔の梅干が欲しい人には迷惑な話だ。塩分が強くても、梅干の塩は身体に悪くないという意見もある。毎日、大量に摂取するわけでもない。梅干以外で、知らず知らず、いろんな塩分を摂取する方が問題が多いのではないかとふと思った。

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2007年6月17日 (日)

知識の習得

あの新渡戸稲造の『武士道』が若い人に読まれているそうだが、先日も電車に乗っていたら、30代ぐらいの男性が熱心に読まれていた。若い人も武士道に関心があるのだと思って、ちょっとホッとした。しかし、あれは彼が外国人向けに、彼らの文化と照らし合わせながら、武士道を解説したものなので、日本人には却って若干わかりにくいものだ。

さて、そのことはさて置き、彼が知識の習得について、若い人にアドバイスしている。それは彼が言っていることは、一度に詰め込むなということである。一番いいのは、少しずつ、根気よくというのが一番宜しいと言っている。

例えば、英単語を覚えるのにも、一日に三つ以上詰め込むなとアドバイスしている。そんなことをすれば、受験戦争に勝てないと、どこかから聞こえてきそうだが、少しずつ覚えるということは、何度も塗りつけた塗り物のように一番確かな物になると指摘する。

多くの人が、何かに追い立てられるように、あるいは競争者とのあせりから、次から次から覚えようとするが、一時に詰め込んでも、それは一時に記憶喪失する(笑)。流風も、経験がある。

彼が言うように、確実に一日に三つ覚えた方が、最終的には効率がいい。問題は、それを続けられるかだろう。学習も、継続は力なり、ということを新渡戸は言いたかったのかもしれない。

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2007年6月15日 (金)

英会話学校の怪しさ

英会話学校に行って、本当に英会話を習得しようとする人が、どれくらいいるのだろう。大手英会話学校の不祥事が表沙汰になっているが、英会話学校なんて必要だろうか。

近所のカフェに行くと、よく英会話学校の講師らしき外人と日本の学生らしき人(一般人含む)がペアでやってきて、英会話学習らしきことをしている。他の客にとっては、大変迷惑なことだ。店員も見て見ぬ振りをしているが、そういうことは学校でやってもらいたいものだ。

大体、真剣に英会話を必要とするなら、ネット学習やDVDを活用した学習で十分だろう。もちろん、実践という意味においては、英会話学校も必要かもしれないが、ほとんどの学生達は、そのレベルに達していないようだ。そうであれば、お金を溝に捨てるようなものだ。

そもそも英会話学校に行く動機はどのようなものだろうか。純粋に英会話を習得したい人がいることも事実だろう。しかし、大半の若い人にとっては、外国人の異性を見つける場になっているような感じである。

講師にしても、日本人の学生が、ちやほやするので、遊び相手を見つけるには、絶好の場と考えているらしい。どうも英会話教室は、真面目な教室もあるだろうが、違う目的で存在する所があるようである。

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2007年6月14日 (木)

いろんな人~細川忠興

世の中には、いろんな人がいる。そんなこと、わかっているわい、と誰も思う。だが、意外と見落とす。大概、自分と同じ考え方をする人がほとんどだと思っている。もちろん、人間のやることだから、大差ないという考え方も成り立つ。

でも、世の中はいろんな人がいる。それを許容できる、できない、いろんな場面で遭遇する。実際は、頭で考えているのとは違う反応をすることもある。いかに人間とは、わがままな存在だこと。

あの細川忠興が次のように言っている。

一、寄り合いて良き友

    正直や、能者、もの書き、学問者、貴人、年寄り、嘘つかぬ人

一、寄り合いで悪しき人

    喧嘩好き、いらぬ広言、うつけもの、人の中言、公事(くじ)たくむ人

一、よく思わるる人

    心よく、人事いわず、慇懃に、慈悲ある人に、遠慮ある人

一、にくまるる人

    うそつきや、人事ばなし、差し出口、高慢ありて、自慢する人

一、物の成る人

    朝起きや、身を働かせ、小食に、忠孝ありて、灸をたやさず。

一、物の成らない人

    夜遊びや、朝寝、昼寝に、遊山好き、引込み思案、油断、不根気

基本は類は類(友)を呼ぶ、ということだろう。彼の価値判断に異論がある人もいるかもしれないが、常識的には、概ね彼の指摘は正しいだろう。自分なりの「人の観察論」を作ってみるのも面白いかもしれない。

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2007年6月13日 (水)

答えを出すということ

学校の試験などでは、時間が限られているので、答えは制限時間内に出さなければならない。しかし、この世の中のことは、全てが全て、答えを急がなければならないということではない。

もちろん、放っておけば、時間がどんどん経っていくので、期限を切って、答えを出すことも必要だ。ただ多くの人が絡む問題では、あまりに早く結論を急ぐと、必ず後で修正を求められる。それが微調整であればいいが、根本的な手直しとなると、これは大変だ。

昔の田舎では、いきなり、あるテーマの結論を出さずに、全く関係のない事柄から話を持ち上げ、全員が全体像を把握する中で、徐々に結論に導いた。現在も地域ではそうかもしれない。そういう知恵は、現在でも活かされていいと思う。しかし、それには、お互い、若干の辛抱が求められる。

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2007年6月12日 (火)

日本経団連のレベル

日本経団連が、新興の企業を会員にしたり、理事にして、これらの企業が不祥事をよく起している。日本を代表する企業の集まりである日本経団連の審査基準は、一体どのようになっているのだろう。

企業規模が、ある一定規模になれば、入会資格があるのだろうか。多分、経営内容について、十分審査していないのだろう。現状の財務分析に重点をおき、経営の有り様を精査していないのだろう。

日本経団連は、企業が社会の公器として、十分機能している企業のみ参加させるべきあろうし、そうでなくなったら、直ちに退会させるべきだろう。しかし、それよりも大切なことは、もっと審査基準を厳しくする必要がある。

不祥事企業を日本経団連から出すことは、彼らの恥でもあろう。それとも、日本経団連は、その提言レベルの低さからもわかるように、大企業の圧力団体の集まりとしてでしか機能を発揮しないのだろうか。

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2007年6月10日 (日)

琴瑟相和す

『詩経』に「琴瑟相和す(キンシツアイワス)」という言葉がある。ちなみに、瑟は大琴のことである。琴と瑟が両者奏でた時、その音調が、よく合って響きが相和し、よい雰囲気を醸し出していることを指す。

転じて、夫婦の仲が大変睦まじいことを喩えて言っている。かつては、結婚式のスピーチによく使われていたが、最近は若い人に言葉の意味も伝わらないので、あまり使われないようだ。

原典は、「妻子よく合うこと琴瑟を鼓するが如し」や「窈窕たる淑女は琴瑟もて之に友(たの)しまん(解釈により、「之を友とす」と読み下しているものもある)」とある。これらに続く似た表現として、「窈窕たる淑女は鐘鼓之を楽しまん」と一文も見える。

ある兄弟一族が集まって、宴会している様を詠っている。この背景には、周公旦がその兄弟が道を誤り、周に叛いて、誅殺されたことを哀れんで詠んだとされている。つまり、兄弟や妻子を相和して仲良くすることが、家の栄を保証し、皆楽しめると諭しているのだ。

すなわち、親族さえ、まともにまとめられないようでは、天下を考えることは難しいとも言っている様である。家を治めることは国家を治めることにつながるとは、かつてよく言われた言葉だ。家庭円満、まずこれが出世の条件ですな。

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2007年6月 8日 (金)

要領を得ず

「要領を得ず」の「要領」は何を意味するのだろうか。単純に文字からすれば、「要の領土」ということだろうか。いろいろな解釈があるようだが、ここではそうしておく。

この「要領を得ず」は、漢の時代、武帝が匈奴対策に悩み、匈奴を憎む遊牧民と組み、挟み撃ちを考えたことから発している。彼は遊牧民の月氏に張騫を派遣し、調査させる。しかし、彼は匈奴につかまり、匈奴生活を余儀なくされる。

しかし、彼は使命を忘れず、十数年してから、脱出して、やっと月氏国にたどり着く。だが、時代はすでに変わり、月氏も状況が変わり、現状に満足していた。月氏を匈奴対策に動かすことに失敗し、彼は帰途につく。しかし、また匈奴に捕らえられ、今度は一年余りで脱出し、やっと長安に帰る。

彼は、武帝の意図したことには役に立たなかったが、東西の道をつなぎ、やがてシルク・ロードが開かれることになる。彼は要領を得なかったが、結果的に歴史に名を残す大事業をやったことになる。このように最初の使命感と違った結果になることは、起こりうる。

某大臣は説明に要領を得ず、自殺してしまったが、誰を守ろうとしたのだろうか。誰かを守ろうとして、結果的に守れなくなったのではないか。意図したことと違う結果になる。これは誰しも経験のあることだろう。このブログも、要領を得ない文章になってしまった(笑)。本日はこの辺で。

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2007年6月 7日 (木)

訪問介護大手の破綻

訪問介護大手のコムスン(グッドウィルグループの傘下企業)が介護保険事業から撤退する可能性が高くなったようだ。水増し請求などで厚生労働省が新規開設や更新を認めない方針を決定したからだ。

もともと介護のような事業は、利益を追うと失敗することはわかっていたはずだ。価格が自由に決められない以上、市場原理には馴染まない。そのことを無視して、全国展開して、収益を上げ、総合力で利益を上げようとしたのだろうが、そうは問屋は卸さなかったということだろう。

結局、無理なことをして利益を上げようとして不正に走ってしまったようだ。介護のような仕事は、ボランティア精神が事業所の側にも求められる。それは規模の拡大で解決できるものではない。

結局、やはり介護は、地域の相互扶助ということに落ち着くことになるだろう。それは地域の再生という課題にそこに住む人々が真剣に考えねばならない問題でもある。しかし、今後、このような業者が出てこないことを望みたい。

*追記

グッドウィルグループは、コムスンの介護事業を同じく子会社の「日本シルバーサービス」に引渡し、厚生労働省の制裁から逃れようとしている。国は、それを見逃すのであろうか。彼らは、このビジネスから撤退し、新しい民間ビジネス分野に検討を加えるべきだろう。中途半端なことをしても、派遣や請負のようなピンハネ事業同様、不信感が増大するだけである。企業は利益を上げる前に、社会の公器であることを再確認してもらいたい。

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2007年6月 6日 (水)

鰻と落語

6月に入って、さすがに暑くなってきた。寒い時は、それはそれで大変だが、暑いのも今ぐらいだったら辛抱できるが、7月ぐらいになり、熱帯夜が続くと、体力が消耗し、辛いこともある。そこで、夏バテよけに、鰻を頂くことになる。少し触れるには若干早いかもしれないが、記してみる。最近は、年がら年中、スーパーなどの売り場においてあり、季節感がなくなってはいるが。

鰻のことを関西では、「マムシ」とも言うが、語源は明らかではない。まぶす、がマムシに訛ったのかもしれない。料理法は、関西は腹開きであるのに対して、関東は背開きだ。関東は武士が切腹を意味する腹開きを嫌ったという。流風はどちらも食する。それぞれに味わえるものがある。

さて、落語にも、鰻を題材としたものがいくつかある。今回取り上げるのが、『素人鰻』である。時々演じられている。時は、明治維新後の話で、多くの武士は浪人して、生活に困窮する。元殿様も同様だったというのが、この落語の時代背景だ。

元殿様は、料理職人に勧められて、その料理職人が手伝ってくれることを条件に鰻屋を開業するが、所詮、武士の商法。うまく行くはずもない。それに、この料理職人は飲兵衛で、酔うと誰彼なしに喧嘩する。主人は、きつく叱るが、効果なし。ついに出て行ったきり戻らない。

料理人がいないので、主人が、こんなもの素人でもできるだろうと安易に蒲焼に挑戦するが、全く要領を得ない。鰻をさばかず焼いたりするから、とても蒲焼ではないようなものが出来上がる。客は怒って、酒代も払ってくれない。

後日、この鰻屋に、先日の客ともう一人の金のない二人連れが、開業したばかりなので、ちょっと引っかけてやれとやってくる。もちろん踏み倒すつもりだ。彼らは鰻の蒲焼を注文するが、主人は鰻をうまく捕まえることができない。そこでお客を巻き込みてんやわんや。まあ、大変な人がいたものだ。

そういうと、子供の頃、父が確か鰻ではなくアナゴだったと思うが、アナゴをさばくので、アナゴを触らせてもらったが、うまく捕まえられない。掴めたと思ったら、するっと潜り抜ける。それでワーワー言って騒いでいたのを思い出す。結構楽しかったが。

ちなみに今年の土用の丑の日は、7月30日だ。ただ今年は海外からの稚魚が入手しにくいようで、その時期の価格がちょっと心配だ。しかし、最近は、日本人は、一年を通して食べすぎかもしれない。入手しにくくなって、もう一度、季節感を取り戻すのには、よい機会かもしれない。

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2007年6月 5日 (火)

進歩、発展の誤解

進歩や発展というと、プラス思考でよいとされるが、意外と進歩発展というものは、大きく見るとそうでないのかもしれない。

人生を乗り切るためには、進歩発展させることが望ましいが、それも死んで墓場にいけばお終いだ。進歩や発展とは、馬の鼻面に人参を見せるようなもので、人生を全うするための手段と考えた方がいいのかもしれない。

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2007年6月 4日 (月)

酒は百薬の長

酒は百薬の長と言って、あまり飲めない父も、晩年は、医者に勧められて、毎晩、少し飲んでいた。流風も、最近は少しだけ、たまに舐める程度に味わっている。酒飲みの方からすると、とても飲んでいるとは言えないが。

ところで、この「酒は百薬の長」という言葉の意味は、お酒を適度に飲めば健康によいとされるが、出典の内容はいささか興を削ぐ。時代は、中国の前漢と後漢の間の時代のことだ。つまり歴史で習ったように、あの王莽が皇帝の地位を簒奪して「新」を建国した時代のことだ。

王莽は、帝位を簒奪するために、酒を使った。すなわち彼は自分の娘を、自ら立てた十二歳の平帝の后にし、不老長寿の酒としてお酒を献じて、彼を毒殺し、自らが操縦しやすい、まだ二歳の子供を帝位につかせ、自らは仮皇帝と称して、ついに皇帝になった。

そして彼は、苦しむ民のことを考え、物価統制のため、塩、酒、鉄の専売公社のはしりの政策とした。もちろん、裏には物価統制とともに、国家の重要な資金源にしようとしたことは間違いない。

しかし、役人達が業者とつるんで、金儲けをはかったため、人民は更に苦しむことになる。いつの時代もどこの国にも悪徳役人はいる。そこで、彼は、政策を徹底させるため、政策の意味をわからせようと詔を出す。

詔の内容は、「それ、塩は食肴の将、酒は百薬の長、嘉会の好、鉄は田農の本」(『漢書』)とある。料理に塩は欠かせないし、酒は健康にいいし、宴会を盛り上げ、鉄は農業に重要な役割を果たすという意味だろうか。

これらは民のためのものだとして諭したのだが、結局、通じず、民は更に貧しくなり、各地で暴動が起こり、彼は失脚し、血祭りに上げられる。国家が先か、人民が先かの判断を彼は間違ったことになる。国家は民あってのものだ。また性急な政策転換は、リスクが大きいことを示している。

どうも、出典を読むと、いいお酒も、いささか醒めて来る。お酒も使いようで、きな臭くなる。例の社会保険庁の皆さんも、飲めや歌えやで、情けないことをしでかしている。無駄な施設は作るし、年金データも出鱈目で、全く仕事をしていない。今、日本で革命が起こっても不思議ではないが、国民は妙に冷静だ。

政治家の皆さんは、彼らを全員解雇し、退職金はなしにする法律を作ったらどうだ。民間企業で、倒産した会社が退職金は出せないでしょう。それにしても何時の時代も、泣かされるのは国民だ。

さあ、皆さん、お酒で憂さを晴らすのだけは止めときましょう。健康にもよくないし、不良公務員をのさばらせるだけだ。どうも、しばらくは、酒は百薬の長にさせてもらえないようだ。

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2007年6月 3日 (日)

疑心暗鬼とは

疑心暗鬼になるという日常的によく使う言葉がある。特に男に対する女性の疑心暗鬼は恐ろしい(笑)。男の行動にも問題があるかもしれないが、妙に直感力が働くからね。しかし程々にしないと、男の心が離れてしまう。

さて、この言葉、念のために、意味を記せば、「疑いの心があると、あらぬことを想像して、さらに恐れうたがう」と広辞苑にある。人間の心は、迷いの海に漂流しているのかもしれないが、心が不安定である時、他者のちょっとした行動や態度に不信の目を向けがちである。

この出典は、どなたもご存知であろうが、『列子』の「説諭編」である。ある人が斧をなくして、誰かに盗られたと思ってみると、近所の息子の所作がおかしい。それで彼を疑ったが、失くしたと思った斧は、谷間に忘れていたので、後日掘り返すと出てきた。そして、家に帰ってきて、近所の息子のあらためて見ると、その振る舞いに何の疑念も感じられなかった、という話である。

また別の話もある。

ある人が、梧桐が枯れて、放っておくと、隣の親爺が「枯れた梧桐は放っておくとよくないと聞きますよ」と忠告してくれた。そこで、慌てて切り倒すと、同じく隣の親爺が、薪にするから分けてくれと言う。そこで、その人は、薪が欲しい故に、忠告がましいことを言ってきたのかと大変怒ったという話しである。

結局、当方の受け止め方で、どうにでも変わる。こういうことは、身近なところで、よく見られることだろう。人間の心は、そういう意味では頼りない。日頃から、人を見る眼を養えとは言われるけれど、当方の状態が不安定になると、正しく判断できなくなるのが凡人なのかもしれない。

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