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2007年6月 6日 (水)

鰻と落語

6月に入って、さすがに暑くなってきた。寒い時は、それはそれで大変だが、暑いのも今ぐらいだったら辛抱できるが、7月ぐらいになり、熱帯夜が続くと、体力が消耗し、辛いこともある。そこで、夏バテよけに、鰻を頂くことになる。少し触れるには若干早いかもしれないが、記してみる。最近は、年がら年中、スーパーなどの売り場においてあり、季節感がなくなってはいるが。

鰻のことを関西では、「マムシ」とも言うが、語源は明らかではない。まぶす、がマムシに訛ったのかもしれない。料理法は、関西は腹開きであるのに対して、関東は背開きだ。関東は武士が切腹を意味する腹開きを嫌ったという。流風はどちらも食する。それぞれに味わえるものがある。

さて、落語にも、鰻を題材としたものがいくつかある。今回取り上げるのが、『素人鰻』である。時々演じられている。時は、明治維新後の話で、多くの武士は浪人して、生活に困窮する。元殿様も同様だったというのが、この落語の時代背景だ。

元殿様は、料理職人に勧められて、その料理職人が手伝ってくれることを条件に鰻屋を開業するが、所詮、武士の商法。うまく行くはずもない。それに、この料理職人は飲兵衛で、酔うと誰彼なしに喧嘩する。主人は、きつく叱るが、効果なし。ついに出て行ったきり戻らない。

料理人がいないので、主人が、こんなもの素人でもできるだろうと安易に蒲焼に挑戦するが、全く要領を得ない。鰻をさばかず焼いたりするから、とても蒲焼ではないようなものが出来上がる。客は怒って、酒代も払ってくれない。

後日、この鰻屋に、先日の客ともう一人の金のない二人連れが、開業したばかりなので、ちょっと引っかけてやれとやってくる。もちろん踏み倒すつもりだ。彼らは鰻の蒲焼を注文するが、主人は鰻をうまく捕まえることができない。そこでお客を巻き込みてんやわんや。まあ、大変な人がいたものだ。

そういうと、子供の頃、父が確か鰻ではなくアナゴだったと思うが、アナゴをさばくので、アナゴを触らせてもらったが、うまく捕まえられない。掴めたと思ったら、するっと潜り抜ける。それでワーワー言って騒いでいたのを思い出す。結構楽しかったが。

ちなみに今年の土用の丑の日は、7月30日だ。ただ今年は海外からの稚魚が入手しにくいようで、その時期の価格がちょっと心配だ。しかし、最近は、日本人は、一年を通して食べすぎかもしれない。入手しにくくなって、もう一度、季節感を取り戻すのには、よい機会かもしれない。

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