« 物質主義の限界 | トップページ | 自暴自棄になる »

2007年7月12日 (木)

何を宝とするか

よく子は宝、と言われますが、果たして現代の親はどのように思っているのでしょうか。そして、子供はどのように感じているのだろうか。但し、親が子を宝と思っても、子供を甘やかすことはよくない。あくまで、子供という原石を磨くことが大切と云われる。

さて、話は変わるが、宝物をプレゼントされたら、あなたはどのように振舞うだろうか。中国の宋の時代の話に次のようなものがある。

ある人が珍しい玉を手に入れた。それをある身分の高い人に献上しようとした。「この玉は宝玉である鑑定が出ていますし、是非にと献上しようと思います」と言って玉を差し出した。

そうすると、その身分の高い人は「私の方針として貪らないことを宝としている。お前は玉に宝としての価値を見出しているようだ。ところが、それを私に提供すれば、二人とも宝を失うことになる。それでは何の意味もない」と。

トップになる人が、「宝を持つ」とは、価値観として、「道」を重視しなければならないことを示している。そして国家としては、このような賢人を、宝として蓄えることが大切だ。

|

« 物質主義の限界 | トップページ | 自暴自棄になる »

考え方」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 物質主義の限界 | トップページ | 自暴自棄になる »