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2007年7月 2日 (月)

雷雑記

子供の頃、屋外に遊びに出ていて、急に雲行きが怪しくなり、ピカッー、ゴロゴロ、ゴロゴロと雷鳴が響き渡り、逃げ惑ったことがよくある。続いて雨が降るので、雨宿りに、大きな木の下で小さくなって震えていた。

今考えると、最も危険な場所にいたことになる。大きな木は雨宿りにはなるが、雷の落下の可能性も高い。よく落ちなかったものだ。母親も金属製のものは持つなとか、傘には安心するなとは言っても、大きな木が危ないとは言わなかった記憶がある。

最近でも、この雷で災難に合っておられたのは非常に残念である。しかし、家に雷が落ちて、焼け出された家族がいたのには驚かされた。これはどうすることもできない。

そういうと、子供の頃、家に凄い轟音と共に雷が落ちて、家族皆が死んだ思いをしたことがある。幸い、ラジオの真空管が飛んだだけで、それ以外の被害はなかった。

あの時、母や兄弟は小さくなって驚愕の様子だったと思うが、父だけは落ち着いて、雷が落ち着いてから、真空管の焼けたものを取り出して、明日にでも新しいのを取り寄せて修理すると言っていたのには、少し尊敬の念を持ったものだ。日頃、雷親父だったから、雷に驚かなかったのだろうか。そういうと、最近は、雷親爺なんていうのは死語に近いかな。

また農家にとっては、雷は豊作を占うものとして、大事にしたようだ。農家は、晴ればっかりでも困る。適切な雨も必要だ。梅雨時は雨は降っても、梅雨が明けると、雨も思うように降らない。それでは、作物が育たない。狂言でも、『雷(神鳴)』では、藪医者が雷の腰痛をハリで治して、そのお礼に雷に五穀豊穣を頼むという話がある。

現代では、都会では、雷は災害の原因と思われることも、当時は、それほどに人間と雷の付き合いは深かったようだ。

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