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2007年7月 8日 (日)

曲学阿世と頑固爺

「曲学阿世」とは、その文字通り、「自分の学説を曲げ、世の俗に阿(おもね)る」ことを意味する。最近は、御用学者が幅を利かせる時代のようだが、大半が曲学阿世の輩と見て間違いなかろう。

学者というものは、本来、政治とは距離を置くものだ。彼らの研究したものを政治家が参考にするのは許されるが、曲学阿世となってしまっては、学者の本分が失われる。

ところで、出典の『史記』によると、この言葉を発したのは、90歳という高齢になって詩人として前漢の武帝に召された轅固生(えんこせい)という老人だった。

この人は、剛直で頑固。まあ、90歳にもなれば当然だけど。多くの中傷にも負けず、権力も恐れず、諫言をする。どちらかというと、言いたい放題。

彼が若い少壮の学者、公孫弘に、学問が乱れ、俗説の流行を憂い、「曲学阿世」の輩にならないように戒める。彼は、最初は変な爺さんと思っていたようだが、その人柄に触れ、弟子入りした。その他にも、有名な詩人は皆、彼に詩を学んだという。

皇帝の信任は、一生続いたようで、彼が病気になるまで、出仕を求められたという。彼のように生きることは難しいけど、先が見えている老人こそ可能かもしれない。

日本においても、もっと多くの高齢者が、後世のことを考えて、彼らの得た知恵に基づき、発言し行動するべきだろう。そのためには、彼らの活躍の場を積極的に提供する必要があるだろう。

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