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2007年8月19日 (日)

謡曲『船弁慶』の示すもの

謡曲『船弁慶』は、流風のように浅い鑑賞者には、わかりにくい内容だ。登場人物するのは、源義経、武蔵坊弁慶、静御前、平知盛が主たる人物である。前三者は、わかるものの、なぜ後半に平知盛を登場させたのか理解に苦しむ。

平家を滅ぼした源氏に対する恨みを平知盛で代表させているのはなぜか。そして、源氏に対する恨みを彼に代表させるには無理がある。別の視点があったとの分析もあるようだが、やや腑に落ちない。

確かに、源義経も平知盛も追われる立場を経験しているが、同心円状にあるとは言えないだろう。義経は、頼朝に嫌疑をかけられ、尼崎の大物を通じて、西国に脱出しよう(フィクションらしいが)とし、知盛も西国に都落ちする。その脱出地域と方法が海からというのは確かに似ているが。

結局、作者が言いたかったのは、人は、どんなにあがいても、常に死に向かって追われていると、言いたかったのだろうか。人は皆、宿命から逃れられないと言っているのだろうか。いずれにせよ、仏教的死生観がベースにあるのだろう。

*能・謡曲『船弁慶』詞章

http://funabenkei.daa.jp/utai/funabenkei_u.html

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