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2007年8月23日 (木)

羽衣伝説私見

『羽衣伝説』というものがある。子供の頃、説話として聞かされた方は多いであろう。謡曲『羽衣』も題材として扱っている。

子供でも知っている話の筋は、駿河の漁師がいつものように三保の松原にでかけると、松の木に美しい衣がかかっていた。すると知らない女性(天女)が返してくれという。しかし、返すには惜しい代物なので、簡単には返そうとはしない。だが、その女性は非常に悲しむので、結局、情にほだされ、天女の舞を舞うという条件を付けつつも、返すことにする。

このような話は、世界にもあるらしいが、似たような話が、中国の『霊怪録』に載っているらしい。実際、まだ読んだことはない。ただ、「天衣無縫」の語源になっているという。天の一角から舞い降りた天女が、それを見た男と会話する形式になっている。

そこで、天には、つなぎ目はないから、天女が着る天衣も、針や糸を使わず縫い目がないということを天女が男に言っている。転じて、自ずから、さらりと自然にできたものを指している。

多分、この『羽衣伝説』の説話の内容は、この中国の書物が大きく影響しているのだろう。ただ日本に来てからの話は、若干現実的である。話のスケールの大きさが小さくなっているのは否めない。

中国では、「天衣無縫」という発想があったが、日本では重視されていない。天女といっても、極めて人間的だ。人間的駆け引きで、衣を取り返そうとするのは、その証左だろう。こういう話が、どういう過程で作られたのかはわからないが、流風の独断で解釈すれば、次のようになる。

昔の日本の人々にとっては、遠くの異邦人~例えば半島や遠くの島々から来た人々~は自分たちと区別していたであろう。風俗も大きく異なる。彼や彼女等が、何らかの事情で流れ着いたこともあっただろう。

知らない異なる風俗の人は天から降り降りたと考えてもおかしくない。特に、それが女性の場合は、土着の女性と違い、見慣れないオシャレな風俗の女性を、天女としてみるのも頷ける。

羽衣伝説も同様だ。ある国から船に乗って夫のいる目的地に行く予定が、急な嵐のため、船は難破してしまった(あるいは同乗していて、難破後、はぐれた)。しかし、彼女は奇跡的に流れ着いて助かった。

とりあえず、着物等を木にかけて干しておいた。そこへ漁師らしき人がやってきて奪ってしまった。途方にくれると、彼は親切に世話をしてくれた。だが、ここは異郷の地。話す言葉もわからない。

しかし、そこは人の情。一緒に暮らすうちに、男の子が生まれた。二人はしばらく安寧に暮らすが、彼女の望郷の念は絶えない。そうこうするうちに、彼女の同郷の船が着き、彼らと再会。そこで、夫が待っている事を告げられる。

彼女は漁師には感謝しつつも、子供を残して帰国することを決心する。子供を私の名残と思ってと、漁師に伝える。漁師は、それを阻止しようとするが、衣と共に彼女を帰す決心をする。

子供は、母親がいないので、近所の子供にいじめられる。そこで、「僕には、なぜお母さんがいないの」と祖母に尋ねる。困った彼女が、物語を作って、子供に話し聞かせたのだろう。こういう解釈はおかしいだろうか。あまり現実的で、夢も希望もないか。

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