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2007年8月29日 (水)

髪から人生を考える?

流風は年の割には髪は黒い方である。時々白髪が混じることもあるが、いつのまにか消えている。だから、歳はいつも若く見られる。ただ、それがよいのかどうかは、わからない(ただ髪の毛は年々細くなっているような気もするが)。

歳相応に顔に責任を持たなければならないように、髪の色もいつまでも黒々としているのは、どうなのだろう。でも、いつも十歳近く若く見られ、本当の歳を聞いてびっくりされる。恥ずかしいような、嬉しいような微妙な感じである。今後は、本当の歳は伏せることにするか(笑)。でも本当は、劉庭芝のような人生の哀歓を詩で詠めたらいいのだが。

*参考 「翁に代わって白頭を悲しむ」 劉庭芝

  洛陽城東 桃李の花 飛び来たり飛び去って誰が家にか落つ

  洛陽の女児 顔色を惜しみ、行くゆく落花に逢うて長歎息す。

  今年 花落ちて顔色改まり、明年 花開くも復た誰か在る。

  已に見る 松柏のくだけて薪と為るを。更に聞く 桑田の変じて海と成るを。

  古人洛城の東に復(かえ)るなく、今人還た対す 落花の風。

  年々歳々 花相似たり、歳々年々 人同じからず。

  言を寄す 全盛の紅顔の子、応(まさ)に憐れむべし 半死の白頭翁。

  この翁白頭 真に憐れむべし、これ昔 紅顔の美少年。

  公子王孫 芳樹の下、清歌妙舞 落花の前。

  光禄の池台 錦繍を開き、将軍の楼閣 神仙を画く。

  一朝 病に臥して相識なく、三春の行楽 誰か辺りにか在る。

  宛転たる娥眉 よく幾時ぞ、須臾(しゅゆ)にして鶴髪 乱れて糸の如し。

  ただ看る 古来歌舞の地、ただ黄昏鳥雀の悲しむあるを。

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