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2007年8月20日 (月)

政治家の強さ

最近の政治家はどこか軽い。ある意味、お坊ちゃま2世議員が跋扈しているからだろう。それでは、政治家の強さはどのようにして磨かれるのだろうか。実は、政治家が本当に人間性を磨くには、金の苦労、病気の苦労、獄中経験の苦労だそうだ。

まず、政治献金として、国民からお金を集めるのは容易ではない。なぜなら、国民の政治意識が高い場合は別にして、一般に見返りを期待するからだ。本来、政治はそうではないことが望ましいが、そういかないのが政治であろう。

だが、その一方で、お金にきれい過ぎると、政治はできない。最近は、お金にうるさく言うようになっているが、あまりにも縛られた状態では、政治家は何もできないだろう。この辺の匙加減は難しい。それは結局、政治家が時代のニーズをよみとれるかどうかにかかっている。

病気の苦労というのは、弱者の気持ちがわかるかどうかということと、精神的に強くなるということを指している。それなりの地位に就けば、人間というのは、意外と脆い。その時、病気を経験しておれば、それなりに柔軟にセーブできるというものである。主治医を持ち、健康管理にも配慮するようになる。それは政治にも活きる。

最後の獄中経験というのは、現代では、なかなか再起が難しいようであるが、汚職程度の豚箱行きであれば(但し、私益のためではない)、それは経験という意味では大切だろう。国の捜査のやり方や責め方を知っておけば、それはその時の為政者の方針に合致するからだ。何が正しくて、何が正しくないというレベルの問題ではない。価値観の問題だ。いずれ為政者の立場になった時、どのような方針を示すか参考になる。そうかといって、積極的に獄中経験をせよとは言わないが。

政治家の強さは、以上のようにして磨かれるのではないか。政治家の評価は案外難しい。結局は、国のために何をやってくれるかだが、あまり大上段に構えた政治家は、国を迷わせている。国民にとって、政治家というのは実に難しい。

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