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2007年9月28日 (金)

テロ特措法と自民党のトラウマ

新内閣になっても、テロ特措法あるいは新法が、論じられているが、基本的に全く無意味だ。自民党や政府が、一生懸命になるのは、湾岸戦争のトラウマがあるのだろう。あの時、確かに日本は参加せず、後で、かなりの金額をむしりとられた。

だが、湾岸戦争とテロ防止とは、全く意味が異なる。前者は、イラクによる、民主主義国家クウェートに対する侵略に対する、ある意味、民主主義陣営の防衛戦争だった。だから、それに参加しなかった民主主義国家、日本は、世界から非難轟々だった。

しかし、時代が変わって、今回のテロ特措法の前提条件は意味が全く異なる。ある意味、米国が引き起こしたテロに対する制裁措置に各国が参加しているに過ぎない。ある見方をすれば、テロは米国の自作自演と言えないこともない。またテロ特措法が、実質「米国軍事支援法」であることは明確だ。これは明らかに日本が関与すべきことではない。

米国には、米国の国策があるだろう。それが国益と言ってしまえば、そうだろう。しかし、日本にとって、米国の政策が全てではない。是は是、非は非で対応すべきだろう。日本には平和憲法もある。無理して戦乱に巻き込まれるようなことは間接的であっても、関与すべきではない。状況判断は、もっと冷静に行われてしかるべきだ。

*平成20年6月5日追記

ある学校教師が、米国の9.11事件を「自作自演」と学生に説明したようだ。ちょっと、それはまずい。そういう可能性や噂はあるにしても、決定的証拠はない。学生に伝える内容ではなかろう。「可能性」と「事実」は分けなければならない。また分別能力の欠ける学生の前での発言は不適切と言えるだろう。

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