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2007年9月 5日 (水)

『源氏物語』千年

『源氏物語』は、来年2008年で、わが国の記録上、初めて確認されて、ちょうど千年にあたるらしい。そういうと、ラジオなどでは、朗読のプログラムなどをやっている。

流風としては、以前にも記したが、この物語には、入試直前の、現代語訳の通読に思い出がある。何もあんな時に読まなくてもと思うのだが、そういうときに限って、脱線したくなる流風の気質は変わっていない。それが人生で成功しなかった理由だろうけど、この性格は直せそうもない(笑)。

さて、この『源氏物語』は、光源氏のプレイボーイぶりが遺憾なく発揮されている。確かに一面で、光源氏の異性関係が見事に描かれている。しかし、注意しなければならないのは、作者が紫式部という女性だということ。当時の教養ある女性が、一人の男の異性関係だけを単純に描いてるとは言えないだろう。

結局は、彼女の死生観というか、仏教観をベースに、そのことは表面的には、描いていないだけのことだろう。華やかな宮廷を舞台としながらも、その裏にある極めて当たり前の人間模様を通じて、人間の哀しさを書きたかったのだろう。

そう考えると、後世の謡曲などと違って、表現が柔らかいのは女性ならではのことだろう。つまり謡曲の作者はほとんど男性なので、表現が直線的なのに対して、『源氏物語』は描く目的は、うまくオブラートに包みながら、描いている。

そのことが、後世、この物語が誤解される理由かもしれない。そして、そういう誤解も含みながら、長く読み継がれてきたことは、やはり、この物語の秀逸性を証明するものかもしれない。さて、いつくるとも予測できない秋の夜長のように感じられるが、涼しくなれば、もう一度、読み返してみますかな。

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