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2007年10月23日 (火)

防犯灯の大切さ

小学校に上がる子供の頃、遊んでいると、母が必ず帰るように呼びに来た。見つからないと、近所のおばさんなどに聞いて、探し当て、連れて帰った。それは大体、5時か6時の間だったと思う。

小学校に上がっても、帰るのは早かった。それは夕食は家族全員で頂くのがルールだったからだ。父も、残業などはあまりせずに、早く帰ってきていた。その代わり、父は早朝、早く出て行き、仕事をこなしていたようだ。

そして両親は、子供の様子をつぶさに観察し、僅かな変化でも感じ取っているようだった。それは子供からすると、恐ろしいくらいだったが、子供心に安心感はあった。実際、両親には、いろんな場面で助けられたことも事実だ。

最近、子供に対する凶悪な犯罪が起こっているが、原因は色々あるだろう。学校が終わってからの塾通いや両親の共働き、個食などに見られる家族の崩壊、核家族化の進行による地域の崩壊、他の子供への無関心・非関与、助け合いの精神の劣化などが挙げられるかもしれない。

しかし、これらのことは一朝一夕には片がつかない。ここでは、物理的な配慮を考えてみよう。それは防犯灯だ。犯罪は、夜、暗いところで起こるといわれる。それを防ぐには、地域を明るくする努力が求められる。確かに、地域には、防犯灯は設置されているが、連続性がなく、光が弱く明るさが欠けて、なおざりになっている場合も散見される。

そういった箇所を丁寧に見直しして、再設置することが求められる。ここでのポイントで、一番いいのは、4メートル先の相手の顔が識別できるのがよいとされることだ。そして、それは均一な光を配置することによって、見えやすくなることを忘れてはならないだろう。

もちろん、設置に関しては、自治体の補助が受けられるかもしれないが、ランプ交換のためのランプ代や交換費の負担は地域で考える必要がある。しかし、そんなに高いところに設置しない限り、地域の人々が協力し合えば、ランプ代だけで済む。

皆で、少しばかりのお金を出し合っていけば、それ自体が、防犯活動になる。そのようなことで、防犯に役立つのであれば、安いものだ。もう一度防犯灯を地域で見直してはどうだろうか。

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