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2007年10月10日 (水)

県民性ということ

地域によって、その風土の持つ特性というものがあるかもしれない。しかし、県民性となると、若干疑わしい。昔なら、確かに傾向値というものがあったかもしれない。もちろん、現在でも、地域の文化・風土を引き継いで、県民性に影響を与えているだろう。だが、その県民性で県を特徴づけることはだんだん難しくなっているのではないか。

例えば、ある調査による(*参照)と、流風の属する兵庫県は、「融通性があり、控えめで、人当たりがよい」とある。う~ん、そうかなあ。県土も広いし、その地域によって、その特性は違うだろう。はっきりしているのは、都市部と地域では、大きく異なるだろうということ。

となると、県レベルでの「県民性」というのは、あまり信用できなくなる。こういう調査は、遊びとしては面白いが、現在のように情報が行き渡った日本では、志向が同質化しやすい。世代間で、若干その受け止め方が違うかもしれないが、かつてのような明確な地域差を見つけることは段々難しくなると思われる。

*参照 ある調査とは、『県民性の日本地図』(武光誠著)

ちなみに、拙ブログのアクセスの多い県ベスト10(兵庫県はブログに挙げているので除く)を取り上げてみると、東京都「社交的で好奇心と出世欲が強い」、大阪府「陽気で実利、個性を重んじる」、千葉県「明るく楽天的で熱しやすい」、神奈川県「現実主義的で新しいもの好き」、三重県「穏和で柔軟な考えを持つ」、愛知県「保守的だが情況に敏感」、埼玉県「堅実で穏やか」、京都府「保守的だが勉強熱心で情が細やか」、福島県「頑固で探究心が旺盛」とある。

ふむ、こういう人たちがアクセスしているのか。随分といろんな層がアクセスされているようだ。傾向値は、まったくわからん(笑)ということになる。

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