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2007年10月14日 (日)

進学教育だけでいいのか

若い人の犯罪を聞くと悲しくなる。彼らは、事件を起して、人生を駄目にしてしまう。事件を起せば、いかに再起が難しいかを理解していない。弁護士の先生辺りは、更生が可能だというが、そんなに世の中は甘くないだろう。それに戦前の儒教教育を受けた世代でないので、更生は実質難しい。

しかし、私達は、彼らのような悲しい事態にならないように、対策を考える必要がある。それは学校教育のあり方だ。現在の学校教育は、進学者のための機関に成り下がっている。しかし、生徒の大半は、進学に向かないといって過言ではないだろう。

現在、学校がたくさんあるから、進学できているが、向学心に燃えて学んでいる人がどれくらいいるだろう。もちろん、エリート教育は必要だ。しかし、その人たちだけでは国家は成り立たないのも事実だ。

小学校、中学校の役割は、本来、その生徒の持つ特性を理解し、彼らの将来を方向付けていくことに意味がある。それが偏差値の高い人たちだけが評価される所になってしまうと、偏差値の低い人たちは、学校に行くことに楽しみを見出せなくなる。

流風は、かねがね高校教育を廃止し、一部を大学予備校にし、大半を専門学校にすべきだといっている。時間つぶしに高校に行っても、無駄が多い。

本当に学問の好きな人達だけが進学すればいい。もちろん偏差値の高い人たちは、そういう所に行けばよい。しかし、高校というスタイルではなくて、大学予備校にすればいいのだ。

そして、学問があまり好きでない人は、実学の専門的領域の職人を目指せばいいのだ。大半をそういう学校にすべきだろう。現在、専門学校は、2年の所が多いが、前期2年→実地研修2年→後期2年という仕組みを作り、多方面の職人養成努めるべきだろう。

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