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2007年10月30日 (火)

サスペンス・ドラマは必要か

テレビで、毎日のように、サスペンス・ドラマが放送されている。再放送も多い。放送局はコストをかけずに、それなりの視聴率が稼げるのだろう。しかし、このサスペンス・ドラマの放送は必要だろうか。社会に害悪を流していないか。非常に気になる。

毎日のように人が殺される場面を見せられれば、人間の脳は麻痺してしまうだろう。それは殺人が当たり前のように捉えられないか心配だ。それに、いろんな犯罪手法を画面で見せていいものか疑問に感じる。

放送局や撮影に協力している当局は、「いかなる犯罪を犯しても、当局によって必ず捕らえる」ということを主張したいのかもしれない。そうしたことが犯罪の予防になると考えているのかもしれない。だが、その手法もオープンにしてしまっては、効果も半減するだろう。

放送局は、視聴率に惑わされて、感覚が麻痺しているのかもしれない。もう一度、放送コンテンツが社会に与える影響を再吟味すべきではないか。そして放送局の社会的意義は何なのか、自問すべきではないか。

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