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2007年10月12日 (金)

予習の大切さ

子供の頃、予習と復習が大切だと、学校の教師からも親から言われたが、当時なかなか十分に意味が理解できなかった。復習は理解の再確認ということで、わかりやすいが、予習の意味がよくわからなかった。

しかし、後年、『中庸』に「およそ、事、予めすれば、則ち立ち、予めせざれば、則ち廃す」とあり、やっと、その意味の重要性に気づいた。

そして、予習は独習である必要があることもわかった。独習して、わからない点を明確にしておいて、授業に参加すれば、不明な点が明らかになって、理解が更に進む。

これは他人、すなわち塾の先生などに問題点を明らかにされてしまうと、本来の予習はできなくなる。そう考えると、塾はやはり不要と考えられる。そのためにも受験テストの内容はもっと基礎学力を試すものに限定すべきだろう。

話が逸れたが、社会人なってからは、比較的そのようにして、できるだけ準備したつもりだが、なかなか十分でなかったきらいはある。社会人の場合は、自分で課題を設定して、自ら解決しなければならないからだ。そう考えると、答えが決まっている学生時代がいかに楽であったかと思い知らされたものだ。

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