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2007年11月30日 (金)

作品と作者の変化を読む

日記をつけている人は多いかもしれない。しかし、自分の日記を読み返す人は意外と少ないかもしれない。せいぜい1年前くらいから読み返す人はいても、10年前のものから読み返し、自分の変化を客観的に把握している人は僅かだろう。

基本的に、自分の変化は、第三者によって指摘されて、気づくことも多い。それほどに自分を客観視することは難しい。

それでは、画家の場合はどうなのだろう。流風が比較的好きなクロード・モネは、同じ題材を取り扱っても、年齢を重ねるごとに、その作品が変化している。もちろん、歳を重ねることによる経験の積み重ねが絵を変えているとも言える。

しかし、彼の場合は、対象物を視るための視力に問題があったそうである。すなわち、歳を重ねるごとに、赤みを帯びた色調になっているそうだ。流風は、まだ残念ながら確認できていないが、次に観る機会があれば、確認してみようと思う。

実は、彼の色調の変化は、白内障にかかり、その程度が進んだ結果と云われる。その結果、彼がそれをわかっていたのかどうかは不明だが、変化にとんだ作品になっているということだ。

自分を客観視することが難しいのと同様、自分が生んだ作品についても、そうかもしれない。過去を振り返るなと言う人も多いが、自分の歴史と作品がどのように変化しているのか、見てみるのも悪くないと思う。

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2007年11月29日 (木)

終わった“貯蓄から投資の時代”

“貯蓄から投資の時代”は、終わりの時を告げようとしている。未だに、“貯蓄から投資の時代”と叫び続ける人々もいるようだが、それは彼らの立場上のこと。一般人には、投資は向いていないとわかった人が多いのではなかろうか。

時は、ローリスク・ローリターンを時代に戻りつつある。しかし、日本銀行が苦悩するように、未だ金利を上げられないことが、ネックになっているかもしれない。そして、あらゆる物価が上がっている現在、ローリスク・ローリターンでは、目減りするばかりだと言うのも理屈は合っている。

しかしながら、どれだけの人々が、“貯蓄から投資の時代”のスローガンで踊らされて、潤っただろうか。プロの投資家さえ、苦悩するのに、素人の一般投資家が成果を上げられるとは思えない。結局、ズルをした人間だけが得をしているのではないか。当局に、ズルを見破り、罰則を与えることが出来ない現状、実質的な詐欺行為は横行するばかりである。

そういった環境下では、一般人は、低金利の利子で耐えるしかない。大きく損害を受ける投資よりは、まだその方がましであろう。そして、多くの人々が理解したことは、政府のスローガンに乗ってしまうと失うものが大きいということだろう。今一度、一般人は、“貯蓄から投資の時代”の仕組まれた意味を考え、“投資から貯蓄の時代”に戻ったことを確認すべきだろう。

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2007年11月28日 (水)

三大失観

あの海軍オタクの阿川弘之さんが、最近の新著『大人の見識』(新潮新書刊)で、信玄の遺訓として、三大疾患ならぬ「三大失観」を紹介しておられる。今年、86歳になられる阿川氏を知らない若者には、阿川佐和子さんのお父さんと言った方が通りがいいかもしれない。

阿川氏の作品は、流風も、若い時、『米内光政』とか『井上成美』など、よく読んだものである。時が流れ、正直言って、阿川氏がご存命とは知らなかった。たまたま本屋で、目に付き、手にとって見ると、彼の新著であった。まだまだ頑張っておられる。

その新著の中で、「主将の陥りやすき三大失観」を紹介しておられる。その内容は、

 一、分別あるものを悪人とみること

 二、遠慮あるものを臆病とみること

 三、軽躁なるものを勇豪とみること

出所は示されていないので、うろ覚えで、『甲陽軍鑑』あたりかと思ったが、調べてみると、『石水寺物語』だった。流風の記憶もいい加減なものだ。

さて、この中で、阿川氏が、注目されているのは、三番目の「軽躁なるものを勇豪とみること」のようだ。基本的に、生き残らねば、何にもならない、ということのようだ。もちろん、これは行き過ぎると、長いものに巻かれろ、という処世になる。その辺のバランス感覚を、どう磨くか。

詳しい内容は、省くが、彼の86年のこの思いは、この本に集約されている。若い人も、この棺桶に片足を入れている(阿川さん、ごめんなさい)一老人の見識(阿川氏の遺訓?)に触れてみるのもいいかもしれない。

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2007年11月27日 (火)

寄付を集める行為を考える

毎年、年末になると、寄付の依頼が各所から来る。基本的に、何に使用されているか不明な場合が多いので、少額であっても、あまり気持ちのよいものではない。付き合いの範囲で、止むを得ないものもあるが、適正に寄付が使われているとも聞かない。

使う目的が明確であれば、寄付もしやすいが、それであっても、寄付を受ける側の考え方一つで、寄付を拒みたくなる場合もある。例えば、交通事故の遺児に対する寄付などでも、本当に向学心のある人なら、自分で働きながら学ぼうとするだろう。そういうことをしないで、寄付にのみ頼る人も最近の若い人は多いという。

もちろん、そういう状態になったことは、同情に値するが、運命は自分自身で切り開くしかない。そういう姿を見れば、逆に寄付したくなるものだ。駅周辺に立って、大きな声で寄付を依頼する姿は、一面、評価できるが、反面、そんなことする暇があるのなら、アルバイトをしたらどうだと言いたい。

そして、その中で、本当に向学心のある人なら、自然と支援しようとする人々は現れるものである。それが世の中だ。若い時から、寄付に甘えるような考えは、持たないで欲しい。そして、そういった寄付を食い物にする諸団体の胡散臭さも、もう少し何とかならないものか。

*追記

本題とは、若干ずれるが、あの安田善次郎は、小心者の朝日平吾に金の無心をされ、それを断り、刺されて死んでいる。当時、社会は失業者が溢れ、社会不安で覆われていた。安田はたしかにえげつない仕事をして、財閥を築き上げるが、必要と感じた慈善事業には匿名で寄付をやっている。それは桁違いの寄付であった。朝日は、そういうことは知らず、ただあくどい人間で、少額の寄付さえ断る悪人だと判断したのだろう。大物と小物では、ものの見方が大きく異なる。そういった悲劇だ。そう考えると、寄付などない社会が一番望ましい。

まあ、流風が寄付するのは、1年で貯めた1円預金だから、大勢に影響はないけれど(笑)。今年は、いくら貯まったかな。歳末助け合いに寄付するとするか。

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2007年11月26日 (月)

聖徳太子のルーツと「三宝を敬う」の解釈

今回は、十七条憲法 その二を取り上げる。若干、宗教性が強いが、参考になることもあるだろう。流風なりに解釈してみようと思う。基本的に、仏法僧を敬えといっているが、仏の教えについては、深くは触れていない。また、その考え方は、性善説を基礎としている。

しかし、その前に、ABC放送で、取り上げていた『日本の歴史 “聖徳太子の超改革”』について、若干感想を述べておこう。堺屋太一氏が監修されたようだが、全体像は、同意できるが、部分的に納得できない部分もある。

まず、仏教は、三韓の百済から伝わったと、盛んに言っていたが、教科書どおりでは、そうかもしれないが、仏教は、百済のほかに、高句麗や新羅からも伝わっている。何も百済の専売特許ではない。これは後の政権が、歴史を正しく伝えなかっただけのことだ。また、その他にも、現在の中国北部の国々からも仏教は伝わっている可能性は高い。そういったことを、百済からのみ伝わったような印象を与える内容にするのは、如何かと思う。

次に、蘇我氏一族を百済系と解説していたのも、おかしい。彼らは、決して百済系ではないと思う。全体として、当時としては、身体が大きく、三韓の中でも、異彩を放っていたのは新羅だ。その文化も特殊だ。おおよそ、中近東からの人々が朝鮮半島に移住して、現地の人々と交わり、作ったとされる。それは「絹の道」ならぬ「ガラスの道」でも、裏づけが取られていると云う。

その中から日本に移住したのが、蘇我氏と云われる。彼らは、皆、総じて身体が大きいのだ。聖徳太子の肖像画も大きく描かれているのは、彼が偉大だったから、大きく描かれているのではない。実際に、内地の人間より、大きかったのだ。

そして、蘇我氏は仏教を信奉していたと解説していたが、これもおかしい。蘇我氏一族で、仏教を信奉したのは、聖徳太子が始めてのはずである。蘇我氏は、別の宗教を掲げていたはずだ。それは何かわからない。例えば、ゾロアスター教(拝火教)あたりの可能性もある。

蘇我一族は、物部氏(彼らは高句麗の出身の可能性が高い。自然神を崇拝しており、日本の自然と合体して、神道の流れを作ったのだろう)対抗上、仏教を支持する聖徳太子を前面に出し、権力闘争上、仏教擁護派になったに過ぎない。聖徳太子は、その上に、うまく乗って、天皇の権力を維持したのだ。

後年、大化の改新でも、今度は新羅出身の蘇我一族と百済出身の鎌足の闘争と捉えられる。半島の出身による代理の権力闘争と言える。中大兄皇子は、それを巧みに利用したのだ。そのことから考えても、蘇我一族と中臣氏が同じ出身とは考えにくい。それぞれが入り組んだ関係である点を割り引いても、そのように考えられるのだ。

もちろん、以上のことには疑問を呈しても、放送内容を全面否定するつもりはない。私達は、今一度、聖徳太子の思いを再確認する必要はある。そういう意味では、この放送は意味があったと感じる。しかし、不明なことは、マスコミで、あまり断定的に報道するのはやや危険だ。多くの可能性について触れるべきだろう。

それでは、本論に戻り、十七条憲法 その二の原文と解釈を見てみよう。

二に曰く

篤く三宝を敬え。三宝と仏・法・僧なり。

すなわち四生の終帰、万国の極宗なり。

何れの世、何れの人か、この法を貴ばざる。

人ははなはだ悪しきものはすくなし。よく教うれば、これに従わむ。

其れ三宝に帰せずんば、何を以てかまがれるを直くせむ。

さて、解釈だが、「篤く三宝を敬え。三宝と仏・法・僧なり」は、文字通りで、それ以上の意味はない。仏は、師と仰がれるものであり、彼の説いた教えの法は、人が頼るべき道であり、僧はその教えをひろめるため、教養を積み重ねる人である。そういった三宝を敬うことが望ましい。なお、ついでに記せば、ブッポウソウと言えば、そのように啼く鳥の名を思い出すが、実際、そのように啼くのは、コノハズクらしい。

次の「すなわち四生の終帰、万国の極宗なり」とは、すなわち、人はもちろん、心がないとされる胎生、卵生、湿生、化生という四生生物の獣、鳥、湿りやすい場所にいる生物、形が変化する生物でさえも、結局、帰するところは同じである。あらゆる国が、究極のこの教えを頂くことが望ましい。

「何れの世、何れの人か、この法を貴ばざる」は、どのような時代になっても、全ての人が、この考え方を尊ぶことが求められるだろう。

「人ははなはだ悪しきものはすくなし。よく教うれば、これに従わむ」も、文字通り、人というのは、生まれた時から悪人はいないのだ。本来からすれば、悪人にはならない。基本的な教えを尊べば、悪人になることは考えられない。真理をきちんと教えれば、正しい道を歩むようになる。

「其れ三宝に帰せずんば、何を以てかまがれるを直くせむ」は、三宝に帰依しなければ、誤りを直すことも難しい。

全てを通じて、彼の言いたいことは、人間としてのあり方を教えてくれる三宝を大事にする必要がある。子供を含め未熟な人たちには、遍く理解させるようにして正しい道を歩ませる必要がある。そうすることが、国を安定させることにつながる、と説く。結局、聖徳太子は、人材の育成の重要性を説いている。

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2007年11月25日 (日)

ドラマ『海峡』とあの時代雑感

ドラマ『海峡』を三回共に視聴した。ドラマを通しで鑑賞するのは、何年ぶりだろう。とりとめもなく、雑感を記してみよう。

現代史をベースとしながら、異なる国の引き裂かれた男女の姿を描いていた。全体としては、よく描かれている方だろう。ただ、短時間に詰め込みすぎなので、少し、端折った感はある。流風より上の世代は、わかっても、若い人たちは、わかりにくかったかもしれない。

そして、これは、どこかで観た風景だ。ああ、そうか、映画『ひまわり』だ。30年以上前に公開された、この映画は、音楽の方は、ヘンリー・マンシーニが担当し、今でも有名だが、映画の方は、若い方は知らないかもしれない。あのグラマーなソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが主人公だった。設定は異なるが、戦争で引き裂かれた男女を描いていた。

さて、話を、このドラマに戻すと、それにしても、あの時代をよく現していたと思う。流風は、戦後世代なので、知らないことも多いが、両親からの伝聞と一致する。伝聞と自分が生きてきた時代をトレースしている感覚である。よく食事時、よく明治以後の歴史のことも含めて、いろいろ話していたことを思い出す。そして、子供は聞いていないと思うのか、いろんな噂話をよくしていた。

ところで、両親は、戦後の焼け野原では、日本の復興は不可能と思っていたようだ。実際、ドラマでも描かれていたように、戦後、全体的には、社会は不安定で、閉塞感が漂い、人々の表情は暗く、未来を描けないでいた。

戦後、公職追放で、失職し、生活が大変な人々や、戦前、爵位を受けていた方々は没落し、逼塞のため、多くの持ち物を二束三文で売っていたことも聞いた。また農地解放で、地主は没落し、小作人が力を持ち、立場が逆になった。

また食料で強い立場にある農民は、多くの人が買い出しに行くと、皆が皆ではないが、威張って、態度も横柄だったという。そういう人間の裏面を多く見せられたとも聞いた。立場が変われば、人は変る。

そんな雰囲気が劇的に変わったのは、昭和25年に始まった朝鮮戦争だ。米国は日本への態度を変更し、日本をアジアでの重要な戦略的基地と位置づけ始めた。それに伴い、米軍から軍需が発生し、景気が拡大する。人不足で、田舎から、人を調達する。その結果、この戦争を起爆剤に、日本経済は、この後、ひたすら成長する。

その一方、朝鮮半島は統一した形で独立できずに、大国に分割される。大国に統一の独立意思が弱いと判断され、分割されるのだ。統一の旗頭がいず、そういう組織もなかったことが災いしたと云われる。その後、大国の思惑のままに、朝鮮戦争を引き起こし、停戦するものの、分割されたまま現在に至っている。

そういう状況下、二人の異国の男女が時代に翻弄される。似たようなことは、多くあっだろう。両親の噂話にも、駆け落ちとかのあったような気がする。ヒロインのように、昔の女学校を出たお嬢さん達は、戦前の家社会で、自分の主張を貫くのは難しいと思えるのだが、凛としたものを多く持っていた(*注)。

同様に、ドラマに描かれている、いい家のお嬢さんで、誠実で、一途で泣き虫で、喜怒哀楽が激しく、鉄砲玉のような女性は当時でも珍しかったから、ドラマになったのかもしれない。しかし、当時の女学校を出たような女性は、自分というものを現代の女性よりもう少し矜持のようなものを強く持っていたと云う。それが幸せかどうかはわからない。だがドラマで語っていたように、不幸さえも、共に歩む覚悟が出来ていれば、それでいいのだろう。

しかし、戦争は、個人の思いなど関係なく、多くの関係を引き裂く。現代の若い男女は、愛だ、恋だと騒ぐが、そういうことを可能にしている時代に感謝すべきだろう。そして、少し油断をすれば、そういうものは、あっという間に吹っ飛ぶ。歴史から、男女のあり方を学ぶべきかもしれない。そう考えれば、時代に無関心ではいられないはずだ。

*注

祖父などは、「女が知識を持つと碌なことがない」と明治生まれの人らしく、よくぼやいていた。現代でそういうことを言えば、非難轟々だろうけど、彼としては、本音に近かったと思う。

*追記

ヒロインが、スッピンで泣き叫ぶ場面があったが、何かとよくにているなあ、と思った。ああそうだ、能面だ。能面は、人間の表情の一瞬を忠実に再現しているのだなあ、と今更ながら感心した。でも、ヒロインの長谷川京子さんの百面相には、少し感心した。女優という職業とはいえ、皺が増えるだろうなあ(笑)。

*追記

NHKでアンコールということで再放送している。平成20年3月26日より連続3日間。やはり反響があったのだろう。確かに、考えさせられる内容ではある。

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2007年11月23日 (金)

国産野菜の安定的利用

昨今の食品偽装事件を見ると、日本の食材でも危ないのかな、とも思う。しかし、海外の食材は、さらに信用できない。だが、残念なことに、多くの食材に、海外の農畜産物が使われている。食糧自給率が下がるはずだ。

先日も、あるスーパーで、納豆の豆の原産地を見ると、中国、アメリカ、カナダなどが多く、日本産を使っているのは、一種類だけだった。なぜそうなったのか。

業者は、消費者が安い物を求めるからだと言う。しかし、ちょっと待て。何も海外産の農畜産物を使ってくれとは頼んだ覚えはない。結局、流通業者の思惑のままに、海外の農畜産物を使っているのだろう。つまり安くして、大量に売り、利益を上げる経営パターンが見えてくる。

もちろん、安い物を求める消費者もいるだろう。だが、品質に問題があれば、安くても購入しないだろう。また、買えないほど高かったら、購買を諦めるだけだ。業者の、売らんかな、という考えが優先しているのだろう。消費者は、いいものを提供して欲しいのだ。そこに業者と消費者の思惑の差がある。

ということで、農林水産省が、やっと重い腰を上げて、国産野菜利用の促進を始めるようだ。産地と外食業者・流通業者が連携して、国産野菜利用を促すらしい。現在、外食産業には、不信感が募っている。適切な対応が求められる。

どちらかというと、世間の流れから、遅れている外食業界だが、このことに真剣に取り組めば、より付加価値の高い経営を可能にするかもしれない。もちろん、外食の多様性から、全てが、そのようにならないかもしれない。

しかし、消費者は、原材料を選択できない現在の外食産業である限り、業績の不振は続くだろう。業界は姿勢を正すチャンスだと思う。と同時に、国内野菜生産者は、これまで以上に品質管理を徹底すべきだろう。

*追記

健康に害のある安い物を提供して、成果を上げても、いずれ反動が来る。外食産業は、そのような業者の後追いは避けるべきだろう。

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温暖化の影響?

今年のみかんは、例年より甘いと思う。毎年、和歌山県の有田みかんを買うのだが、いつもの年より甘いと思う。甘さが強い。また、有田みかんは、「女みかん」と言われるほど、皮が柔らかいが、今年は、比較的しっかりしている。他の県のみかんほど、剥きにくい固い皮ではないが、いつもと少し違う。

理由は、何かと考えたが、暑い夏が続いた温暖化の影響かもしれない。いいような悪いような。みかんは、確かにいつもより美味しいのだが。

そういうと、今年の新米が、例年より美味しく感じられない。流風の体調の変化もあるかもしれないが、いくら炊き方を工夫しても、新米の美味しさが感じられない。いつも買う米と場所や品種を変えても、そうなのだ。

これも温暖化の影響かもしれない。北海道の米が、美味しいという事で売れているらしい。あまり買わないのだが、今度、買ってみようか。

*平成19年11月27日追記

やっと地元産で美味しい新米が入手できた。近所の米屋さんが、流風がぼやいているのを聞いて届けてくれた。ということは、今まで入手したのは、新米でなかったのか。産地はほぼ同じなのだが。値段もそんなに変わらない。う~ん、わからん。

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2007年11月21日 (水)

商店街による買い物バスの運行

昔は、家の近所まで、八百屋や豆腐屋が、御用聞きに来たものだけど、最近は、そういうことも少ない。高齢者にとって、買い物は、楽しいことだろうけれど、体調の悪い時は辛いことであろう。

買い物バスは、時々、聞くことがあるが、このたび、神戸市の岡本商店街は、「お買い物バス」を試験的に1ヶ月運行(11月24日から12月25日まで)するそうだ。周辺住民に高齢者が多いことなどから、対策を考えたのかもしれない。一定のコースを循環する。お買い物ループパスと言えるかもしれない。

確かに、高齢者の行動パターンは、ほぼ決まっており、買い物も行きつけが多いだろう。そうなると、このような買い物バスは有効かもしれない。商店街としては、商圏拡大の意味もあるだろう。店で、待っているだけでは、なかなかビジネス拡大が難しい。御用聞きとは違う顧客へのアプローチということだろう。

料金は大人200円で、商店街加盟店で買い物をすれば、100円引きになるという。ということは、1回の買い物で、実質負担は100円。うまく行けば、路線バスに路線開設を働きかけるそうだ。

問題は、運行時間だろう。行動パターンを研究して、運行時間を設定する必要がある。田舎の女性の場合、集団で行動する特性があるが、都会の女性の場合は、どうだろうか。その辺は研究の余地がある。

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2007年11月20日 (火)

ハチミツレモン

例年、この季節になると、ハチミツレモンを作る。無農薬の国産のレモンをたくさん頂くからだ。咽喉の調子が悪いとか、風邪気味の時は、よく飲む。そうすると、幾分かは気分がよくなる。

市販でも、ハチミツレモンは売っているが、国産のレモンが手に入らない時のみ購入している。しかし、手作りのハチミツレモンの方が断然美味しい。

レモンを半分に切り、十分に絞りきり、ハチミツを加えて、熱湯を入れてかき回すだけだが(*注)、これが酸味が利いて何とも言えない。両親も好きだったので、その影響があるかもしれない。

もらったレモンの数から行くと、年内は毎日、一杯は飲める勘定になる。もっと、たくさん分けてもらおうかな。別に有償でもいいわけだし。それにしても、しばらく、手作りのハチミツレモンを味わえるのは幸せなことだ。

*注

もちろん、レモンをハチミツに漬けても、それはそれで美味しい。味は、まろやかになる。ただレモンの酸っぱさを味わいたいのなら、レモンの絞り汁に、ハチミツとお湯を入れて味わう方が、はっきりする。

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2007年11月19日 (月)

ドラマ『海峡』から感じること

現在、NHKで、『海峡』が放映されている。あの長谷川京子さんがヒロインだ。テーマは、戦争によって、日本と朝鮮半島の、愛しながら、それぞれの立場で苦しむ男女の悲劇を描いている。ただ1回目しか、見ていないので、その後の話はわからない。だから、最終的なコメントはできない。

さて、流風は、海峡ものでは、12年ほど前に、同じようなテーマで、映画を見たことがある。それは『三たびの海峡』というものである。流風にとって人生の転機の頃、映画館で、たまたま観た。後で、わかったことだが、原作は、帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)という作家だった。最近、またテレビ等に出ておられる南野陽子さんが、ヒロインだった。三国連太郎さんが主人公(若い時は、別の人が演じていたが、思い出せない)だったように思う。

違った国の男女が結ばれた時の難しさを描いていたように思う。また日本の敗戦により、朝鮮の人とは、現地では立場が逆になり、朝鮮の人は日本人を身内に持つと、却って、苦しい立場におかれた。

支配者と被支配者の関係だった事実は、ずっと現在まで、彼らには残っている。日本人には、「水に流す」という精神性があるが、朝鮮の人たちには、そういったものはない。常に「恨」を残す。日本的な「恨み」とは意味が違うそうだが、彼らは、日本がやったことは忘れないという。

現在でも、日韓・日朝に、歴史的認識があきらかにずれているのは、そういうことが影響しているのだろう。理想としては、こういった溝が埋まることが望ましいが、現実的にはありえないことだろう。

結局、多くの識者が言うように、過去を忘れず、未来を志向するということに尽きるのだろう。このNHKの『海峡』が今後、どのように展開していくのか知らないが、ふと、そういうことを感じた。

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2007年11月18日 (日)

智と『老子』第六十五章の誤解釈

今回は、智と、『老子』第65章の解釈の誤りの影響を取り上げてみよう。まず、「智」は「知」と現在では、紛らわしいが、微妙に意味が異なる。「智」とは、「知」に「言葉」が加わったものとされており、さといとか、賢いという良い意味に理解されるが、実は、ずるいとか、はかりごとの意味も含んでいる。

だから、『老子』の六十五章(*注参照)を一面だけで理解しようとして、誤解を招いている例も少なくない。前にも、少し触れたが、日本人は、誤まって理解してきたと指摘できる。

例えば、あの文化功労者の諸橋轍次氏による『老子の講義』(大修館書店刊)の第六十五章の解釈を挙げると、次のようになっている。

「いにしえの真に道を修めた人は、政治をなす場合、人民を賢明にしようとはせず、むしろ反対に、人民を愚昧にしようとしたものである。人民の治めにくいのは、人民に知識が多いからである。従って、智を以て国を治めることは、かえって国家の害毒になり、これと反対に、智を以て国を治めぬことが、国家の幸福となるのである。

而して、常に、この両者の関係を知っている者が、これまた道の模範を知った人物である。この人間の道を知っている者を玄徳と称する。この玄徳は、深遠なものであって、一見、普通のものとは反対のように見えるが、長い目を以て見ていると、実は反対ではなくて、かえって、それが大いなる順道に至るのである」

この解釈を読まれて、果たして意味が、わかるだろうか。明らかに、この解釈は、どこか間違っていると考えられる。

誰が読んでも、後半はともかく、前半の部分の解釈が、おかしいことがわかる。なぜ、この高名な先生が、変な解釈をされたのか。結局、それは「智」の解釈を取り違えたのではなかろうか。

ところが、この解釈の一部だけが一人歩きし悪用され、官僚・政治家には、「大切なことは、一般国民には知らしめず」という根拠になっているような気がしてならない。大事なことは、国民に相談せず、国の上層部で決めればいい。そういう考えに至ったものと考えられる。国民に中途半端に知らせれば、政治は混乱すると彼らは理解しているのだ。

しかし、今般の汚職が示すように、利権がらみで、内々で物事を動かしていると、いろんな不正が起こってくる。また情報公開せず、国民に知らせることをしないと、国を誤まらせることになりかねない。そう考えると、この先生の解釈(彼の先人も含めて)が、国家を誤らせたと言えないこともない。今一度、『老子』第65章の真の意味の深さを改めて味わう必要を感じる。

*注 『老子』第65章 読み下し文

一般に、読み下されている代表例を挙げておく。但し、この読み下し文(訓読)が正しいとは必ずしも言えない。読み下し文は、日本人が漢文を理解する一つの方法として、編み出したが、正確な理解を妨げる場合もある。

(第65章 読み下し文)

 古の善く道を為(おさ)むる者は、以て民を明らかにするに非ず。将に以て之を愚にせんとするなり。民の治め難きは、其の智多きを以てなり。故に智を以て国を治むるは、国の賊なり。智を以て国を治めざるは、国の福なり。

 常にこの両者を知れば、亦楷式なり。能く楷式を知る、是を玄徳と謂ふ。玄徳は、深し、遠し。物と反すれども、すなわち大順に至る。

*注 『老子』第65章 原文

 古之善為道者 非以明民 将以愚之 民之難治 以其智多 

 故 以其治国 国之賊 不以智治国 国之福 

 知此両者亦稽式 常知稽式 是謂玄徳 玄徳深矣遠矣 

 与物返矣 然後乃至大順

*  参考

ちなみに、この解釈の適正なものは、拙ブログで、書籍の紹介もしている『老子(全)・自在に生きる81章』(王明著、地湧社刊)で、第六十五章の解釈を下記に転記しておく。最終部分は、やや意訳が強いが、流風も納得の無理のない解釈だ。

 「古のよく道(タオ)に通じていた為政者の治世は決して巧智や利得を主としたものではなく、多くの人々の根源である純真無垢を基礎にしたものであった。

この世が治めにくいのは、巧智や利得がはびこる時である。それゆえ、巧智や利権で国を治めようとする者は、国の賊となり、その反対の純真素朴を重視する者は、国の福となるのである。

この二種類の治世の優劣を真に理解している者だけが、正しい政治を行うこととなるのである。常に、この差を忘れずにいることを玄徳というのである。玄徳は、あくまで深遠であり、もし世界の人々が自国中心の考えを捨てれば、大いなる平和と調和の世が諸国に遍く訪れることとなるのである」

*参考 関連ブログ

拙ブログ「誤訳によって築かれた文化」(2005.9.11)

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2007年11月17日 (土)

子供時代のおやつ

最近の親は、子供のおやつは、ほとんどが買い与えと聞く。現代でも、お菓子作りに熱心な母親もいるだろうが、大半は忙しい?女性方としては仕方ないのかもしれない。なんとなく侘しい。子供の心には、何も残らないだろう。子供が大きくなって、母の懐かしい記憶がないというのも、寂しいではないか。

流風の子供時代は、物が少なかったこともあるが、おやつは、ほとんど母が作っていた。別に、最近のような、そんなに手間をかけたものではないが、待ち遠しかったのを覚えている。子供時代は、すぐお腹が減るのだ。

おやつの中身は、おやき(現在で言えば、クレープに相当するもの。但し、卵は入っていない。小麦粉と膨らし粉と砂糖を混ぜた物を焼く)とか、黒砂糖(あるいは干しブドウ)入りの蒸しパン、サーターアンダギー、米菓子、サツマイモのフライ・焼いたもの・蒸したもの、はったい粉(麦焦がしのこと)を練ったもの、ぼた餅、白玉粉で作った団子、ホットケーキ、正月明けは、おぜんざい、餅を薄くスライスして、細かく切って、炒ったおかきなどが記憶に残っている。

こういったものであれば、現代のお母様方も、簡単に出来ると思う。更に子供に手伝わせれば、おやつ作りを通じて、子供と交流も可能だ。おやつを難しいものと考えず、是非挑戦して欲しい。

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2007年11月13日 (火)

内需拡大と人の移動

消費税増税と喧しいが、極端な仮定に基づく増税論議で、国民の了解をとることは難しい。政府がやらなくてはならないことは、景気刺激政策の発表だろう。

米国のバブルも崩壊したことだし、内需の振興なくして、景気拡大は難しい。よって景気刺激なくして、消費税増税は基本的にありえない(*注)。逆に言えば、消費税を増税したかったら、内需拡大にあらゆる方策を投じるべきだろう。

ところで、内需拡大には、人の移動が大切だ。人が移動すれば、モノも動く。流風は、若い頃、引越しを度々した。動くと、空間が違うので、新しい家具やインテリア用品に金を要した。また旅行すれば、自然と出費は増える。

このように人が動くと、市場は活性化される。ただ現在の日本は、高齢化に伴い、人の動きは鈍くなりがちだ。新しい動機づけが強くないと、動きが不活性となる。となれば、人が動くような強い動機付けとなる政策が望まれる。

そこで、人の動きについて、少し考えて見ると、以下のような例が挙げられるかもしれない。

 一、内外の旅行者がレジャーで国内を動く

 二、転勤等で人が移動する、または出張で移動する

 三、転地療養や快適な介護施設を求めて人が動く

 四、公共サービスの充実している豊かな自治体に移動する

 五、仕事を求めて人が移動する

 六、新しい住まい(新築、建替)に関連して動く

 七、地域に何か新しいことができそうな魅力に惹かれて居住移動する

 八、男女関係による居住移動

 九、豊かな自然環境とバックアップシステムの充実した地域に移動

 十、別荘を持つ、あるいはリゾート権を獲得したための移動

*注記

ただ、消費税増税を景気刺激の方策とすることは可能かもしれない。例えば、東京など首都圏の消費税を30%程度にすることだ。

他の大都市圏も20%程度にし、地方の都市圏は10%程度にし、その他の地方は、3%から5%の間で政策変更できるようにすれば、東京圏で消費せずに、他の地区からの購入が増えるかもしれない。

もちろん、それと平行して都市に於ける、法人住民税や法人税も上げる必要がある。とにかく、大手企業の経営者に東京を拠点とする志向を改めさせることが求められる。

ただ、物流コストの問題はある。ガソリンの価格の高騰は、そういったことを難しくするかもしれない。サービス化した社会では、限界がある政策かもしれないが、検討してみる価値があるかもしれない。

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2007年11月12日 (月)

独断に対する戒め

独断専行して失敗する人は多いが、先人は、遠くの昔に戒めとして残している。それはすなわち、十七条の憲法の第十七の部分だ。流風としても関心事のため、挙げておこう。

 十七に曰く

 大事は独り断ずべからず。

 必ず衆とともに宜しく論ずべし。

 小事はこれ軽し、必ずしも衆とすべからず。

 ただ大事を論ずるにおよびては、もし失あらんことを疑う。

 故に衆とともに相弁ずる時は、辞すなわち理を得む。

わかりやすい言葉で、説明されているので、解説は不要であろう。要するに、大事は衆議一決し、小事は、必ずしも、その必要はないと説く。

人間というものは、どんなに優れた人でも、自分ひとりの考えで行き届いていると思っても、案外抜けているものである。だから、衆人と議論して、問題点を見つけ出し議論することで、より高いものにできる。

そして、議論することは、コミュニケーションだから、相互の信頼も高まるわけである。そういう手間を惜しんでは、成るものも成らなくなる。どこかの政治家さんに聞かせたいですなあ。

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2007年11月11日 (日)

ループバス

ちょっとした観光地では、よくループバスが見られる。ミニバスで有名な観光地を回る例のやつだ。休日運行が多く、少し狭苦しい車内に多くの人が閉じ込められているように見えるが、結構楽しそうである。一般に同一地域内の運行が多いようだが、芦屋・西宮と若干地域を拡張して、ループパスが始まっている。今回は、阪急バスと阪神バスの合同企画のようだ。

11月3日から運行しているようで、『もだんループバス』と言うようだ。芦屋・西宮の美術館と酒蔵の2コースがあり、一日乗り放題で大人500円、小人250円だ。来年の2月24日まで、土・日・祝日に運行される。

これは、例の阪急・阪神の統合が影響しているようだ。阪神間は、東西の交通は便利だが、南北の交通が不便だと言われてきた。阪急、阪神は、それぞれ縄張りがあり、観光者にとっては不便で、南北の交通は、バスかタクシーを利用するしかないのだが、バスだと目的地に遠かったりして、結構疲れる。それがこのループバスで若干解消されるかもしれない。

ただ、流風にとっては、美術館のはしごはあまりしないので、利用の可能性は少ない。まあ美術館に別に入らなくても、周辺の景色は楽しめるが。もっとも旅行者にとっては便利だろう。また酒蔵コースは、来年、年明けには利用してみようと思う。地域を越えたループバスは、意外と少なく、今後このような企画に期待したい。

*参考 『もだんループバス』各コース

●酒造コース 白鷹禄水苑→白鹿記念酒造博物館・白鹿クラシックス→日本盛酒蔵通り煉瓦館→大関関寿庵→アサヒビール西宮工場

 なおアサヒビール西宮工場に入るには、事前予約制(0798-36-9595)である。

●美術館コース 西宮市大谷記念美術館→芦屋市立美術博物館→芦屋市谷崎潤一郎記念館→ヨドコウ迎賓館

●販売 阪急電車(西宮北口サービスセンター)、阪神電車(梅田・三宮・香櫨園・芦屋各駅)など。

各種特典あり。問合せ先:兵庫県阪神南県民局:06-6841-4549

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2007年11月 9日 (金)

政治家と新聞社の距離

今回、大連立のお膳立て(大連立なんて時代錯誤もはなはだしいが)をしたのは、渡辺恒雄読売新聞グループ本社社長らしい。もちろん、それは旧知の仲の中曽根康元首相の意向を汲んだものだろう。彼は、前々から、そのことをマスコミに広言している。しかし、政治家と新聞社の距離は、果たして適切であろうか。そして、どれくらいが適切なのだろうか。

結局、今回のことは、民主党小沢代表を貶めたが、同時に、過去の成功体験に頼る古い体質の自民党を国民にさらけ出してしまった。将来の日本のことを考えれば、自民党は最悪の選択をしてしまった。何をするかわからないという党のイメージ悪化は民主党以上だろう。彼は、果たして自民党に貢献したことになるのだろうか。

そして、大新聞社として国民に影響力のあるマスコミが、偏向報道してよいのだろうか。もはや「読売自民新聞」と呼んだ方が適切だろう。もちろん、全てのマスコミには、それなりに好意的な政党はあるだろう。

しかし、マスコミは権力には批判的でなければならない。読売新聞は、あまりにも政権政党に擦り寄りすぎているのではないか。権力に擦り寄れば、結局、ごまかしの提灯記事しか書けない。それでマスコミの役割は果たせるのだろうか。大いに疑問である。

少なくとも、流風は、今後、読売新聞の報道は、ある程度、割り引いて読むしかないと思っている。政治に深入りして、新聞社にメリットがあるとは思えない。確かに、他社に先んじて、情報を政治家から得たいというのは、記者の本能であろう。

だが、それには節度が求められる。政治家から得た情報を垂れ流しして、政権政党を批判的に報道できなくなれば、その存在価値は薄れる。この新聞社の今後の動向に注目したい。

*平成22年5月追記

現在は、民主党政権になり、民主党が与党になり、自民党が野党になって、立場は違う。ということで、読売新聞は、堂々と政権与党を批判できるのだが、その批判の仕方が尋常ではない。もちろん、民主党政権にも問題があるのだが、読売新聞は、やはり自民党系新聞という論調である。

そして、読売系テレビも含めて、自民党政治家への出演という顔出しを増やし、支援している。確かに、民主党の議員も出演しているが、彼らをマスコミ・自民党議員・自民系政治評論家(自民党政権時代、官房費から金をもらっていた連中)で、一斉攻撃するのは、見苦しいの一言に尽きる。

読売新聞・日本テレビが、公共のマスコミの立場を放棄するのなら、国からの優遇措置も、遠慮すべきだろう。視聴者としても、そういう立場にならざるを得ない。いずれ、彼らは、その存在自体、危うくするかもしれない。

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2007年11月 8日 (木)

『孝経』の戦々兢々

前回に続き、「戦々兢々」だが、今回は『孝経』の第三に引用されているものを、参考に取り上げてみようと思う。『孝経』は、最近はあまり読まれないようだが、これは単に、儒教の教えにとどまらない。封建制度の考え方だけで捉えてしまうのはどうかと思う。現代の個人のあり方について論じているとも捉えられる。

それは、さておき、「戦々兢々」は次のように引用されている。

 上に在りて驕らざれば、高くとも危からず。

 節を制し度を謹めば、満つるとも溢れず。

 高くして危うからざるは、長く貴を守る所以なり。

 満ちて溢れざるは、長く富を守る所以なり。

 富貴 その身を離れずして、然る後に、能(よ)く其の社稷を保ち、其の民人を和(ととの)わしむ。

 蓋し諸侯の孝なり。

 詩に云う、戦戦兢兢、深淵に臨むが如く、薄冰を履むが如し、と。

解釈としては、まず「上に在りて驕らざれば、高くとも危からず」は、特に解説はいらないと思うが、敢えて解説を試みよう。山と同様、高きに登れば、その風当たりはきつくなる。上に立つ者は、驕りに注意しなければならない。

最初は、その気がなくても、時間がたつにつれて、気持ちに緩みが出て、周囲から見て横柄に映るようになることが起こる。そういうことに、常々注意しておけば、高い地位にいても、安定している。

「節を制し度を謹めば、満つるとも溢れず」は、いろんな面で、(財や地位などが)満たされていたとしても、節度を持ち切り盛りし、慎重に事を進めれば、反発を食らうことも少ない。おおよそ、月の満ち欠け同様、満ちたものは欠けるが、謙虚な心を保つことによって、満ちた状態を保てるのだ。

「高くして危うからざるは、長く貴を守る所以なり。満ちて溢れざるは、長く富を守る所以なり。」は、そのようにしていることが、長く地位を保持できる理由だ。富が満ちて、富がなくならない理由だ。

「富貴 その身を離れずして、然る後に、能(よ)く其の社稷を保ち、其の民人を和(ととの)わしむ」は、そうすれば、富貴が身につき、離れない。そして、国家運営を無事に保ち、国民の平和も保てる。

「蓋し諸侯の孝なり。詩に云う、戦戦兢兢、深淵に臨むが如く、薄冰を履むが如し、と」は、このようにすることが、諸侯の「孝」というものである。そのようなことは、先人の『詩経』の小雅の小旻に示されている。戦戦兢兢、深淵に臨むが如く、薄冰を履むが如し、については、先日、解説しているので、改めて説明はしない。

結局、ここで示していることは、富貴の立場にある人は、常々「孝」について考え、自らの存在価値についての内省が求められるということだろう。そういうことは、自然と生活態度や行動に表れ、周辺も認めることとなり、その存在が容認される。

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2007年11月 7日 (水)

暴虎馮河と戦々兢々

「暴虎馮河(ぼうこひょうが)」と「戦々兢々(せんせんきょうきょう)」という言葉は、共に、『詩経』の「小雅」の「小旻(しょうびん)」という詩から出ている。その詩の部分を引用すると、次のようである。

 敢て虎を暴にせず 敢て河を馮せず

 人その一を知って その他を知るなし

 戦々兢々として 深き淵に臨むが如く 薄冰を履むが如し

まず、「敢て虎を暴にせず 敢て河を馮せず」とは、誰でも、危険だとわかっている虎に素手で生け捕りにしようとしたり、敢えて大河を歩いて渉ろうとはしないだろうという意。「暴虎馮河」という熟語の語源だ。

次に、「人その一を知って その他を知るなし」は、ところが、現前の危険には、わかりえても、遠く先の見えない危機に対しては、人は疎い傾向にある。指導者たる者、そのようではいけない。遠くの危機を心で見通しながら、近くの危険に対応しなければならない。

「戦々兢々として 深き淵に臨むが如く 薄冰を履むが如し」は、心を謙虚にして、慎み恐れ、まさに深淵に臨んだ場合のように。薄氷をふむが如くに、という意であろう。

以前、莅戸善政(のぞき よしまさ)の『政語』を紹介したが、その中に、「戦々兢々」という言葉が出てくる。彼が、『詩経』を参考にして、一文を認めたのは間違いあるまい。かの政治家にも捧げたいですな。

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2007年11月 4日 (日)

上司と部下

あらゆる組織で、上司と部下の関係は微妙だ。そういうことをうまく行かせるためには、相互の努力が求められる。ある戦国武将も次のように言っている。

  人をつかふに、二人こらへ候者あれば、譜第の者を召仕れ候也。

  其故は先内之者届ざる事を主人こらへ候。

  又主人に対し述懐を内之者こらへ候。

  之の如くお互いにこらへぬ候へば、子飼のもの余多出来、大事之時用に立候。

 これを現代的に、解釈すると、まず、「人をつかふに、二人こらへ候者あれば、譜第の者を召仕れ候也」は、人を使うには、必ず、上司も部下の両方の辛抱が求められる。だから、それを可能にするためには、お互いを知った関係が求められ、内部で育成した人材が前提条件になる。他社から中途で招いた社員では、そういう関係を築くことは難しい。

次に、「其故は先内之者届ざる事を主人こらへ候」は、その訳は、まず上司が、部下が自分の満足いくように行動してくれないことを辛抱し、鍛え育てていく気持ちが大切だ。何もかも、初めから、自分の思い通りにはいかない。そこには、多くのコミュニケーションによる相互理解の基があって、初めて可能なのだ。

「又主人に対し述懐を内之者こらへ候」は、また部下は上司に対して、常に不満を持って辛抱しているものだ。そういうことを上司になる人は、わかっていて欲しい。そして、常に部下を観察しながら、不満の原因を知ることが相互理解につながる。

最後の、「之の如くお互いにこらへぬ候へば、子飼のもの余多出来、大事之時用に立候」は、このようにお互いに辛抱していけば、子飼の企業人が育ち、いざという時に役立つのだ。そうでない者は、いざという困難な時には、逃げ出し、なかなか役立ちが難しいものだ。厳しい企業環境の時に、頑張ってくれるのは苦労を共にした古参の社員であるということだろう。

* 注記

ある戦国武将とは、朝倉宗滴のことである。

*今問題になっている、派遣や請負では、企業に対する忠誠心はなかなか養われない。やはり企業は正社員の育成に時間がかかっても注力すべきだろう。

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2007年11月 3日 (土)

ショック!偽装淡路産タマネギ

タマネギは、卵同様、あらゆる料理に欠かせないものだ。ちょっと料理に困った時、タマネギに少し手間をかければ、すぐいろんな料理が出来上がる便利なものだ。ところが、淡路産タマネギについて、中国産を偽装したことが報道されている。兵庫県民としては、非常に恥ずかしいことだ。

一部業者は中国の農家にタマネギの種を提供し、生産指導までしているそうだ。だが農薬を含めた品質指導ができているだろうか。その中国産のタマネギを業者が淡路産と中国産を混ぜたりして販売していたらしい。また関係者によると、20年以上前から、そのようであるとのこと。流風としては、大変ショックだ。

タマネギは、主として淡路産を購入しており、それが中国産なんて、とんでもないことだ。今まで、中国産を食べていたのかと思うと、ぞっとする。淡路島のまともな農家の方は、きちんと対策を打ってくれないと、もう淡路産だけの表記では購入できないことになる。

基本的に、どのように作られているかわからない中国産の野菜は、一切購入しないので、中国産が混じっているとなると、この購買方針に反し、今後は淡路産は購入できなくなるのだ。

別の見方をすれば、これは農業の破綻ということかもしれない。そうしないと食って行けないということだろうか。それとも悪意の業者だけだろうか。報道だと、それだけではないような気がする。

このように、タマネギだけでなく、他の農産物にも、このようなことがあるとすれば、残念なことである。畜産物だけでなく、農業生産物まで偽装され続けていたとすれば、日本の食は極めて危険な状態にあるのだろう。そして、それらは、確実に国民の健康を侵していく。国は放置しておくべきではないだろう。

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2007年11月 1日 (木)

根菜類の季節

この時期になると、根菜類が美味しい季節だ。健康のためにも、今は根菜類の料理がいいようだ。

地元産の見るからに新鮮なレンコンが手に入った。早速、煮物料理してみたが、大変美味しい。薄味だから、レンコンそのものの味がよくわかる。古いレンコンと大きく違う。新米同様、旬の物は美味しい。

サツマイモは先日のブログでも取り上げたので、詳しく記さないが、今年のサツマイモはなかなかいける。

ゴボウも、きんぴらにしたり、煮物にして食べだが、なかなか美味しい。小芋は主として煮物にするのだが、今年は四国産を入手したが、なかなか肌つやがあって宜しい。

金時人参は、まだ入手していないが、流風の好物。炒め物にしても、煮物にしても、お汁に入れても、洋人参とは全く違う。一年中食べたいが、残念ながら、冬の時期しかない。早く市場に出てこないかなあ。

そう思っていると、御飯もパクパク食べるせいか、体重も若干増えてきた。本年は、いろいろストレスがあり、体重が、年初からずっと減っていたのだ。さあ、これから食うぞ。

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