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2007年11月26日 (月)

聖徳太子のルーツと「三宝を敬う」の解釈

今回は、十七条憲法 その二を取り上げる。若干、宗教性が強いが、参考になることもあるだろう。流風なりに解釈してみようと思う。基本的に、仏法僧を敬えといっているが、仏の教えについては、深くは触れていない。また、その考え方は、性善説を基礎としている。

しかし、その前に、ABC放送で、取り上げていた『日本の歴史 “聖徳太子の超改革”』について、若干感想を述べておこう。堺屋太一氏が監修されたようだが、全体像は、同意できるが、部分的に納得できない部分もある。

まず、仏教は、三韓の百済から伝わったと、盛んに言っていたが、教科書どおりでは、そうかもしれないが、仏教は、百済のほかに、高句麗や新羅からも伝わっている。何も百済の専売特許ではない。これは後の政権が、歴史を正しく伝えなかっただけのことだ。また、その他にも、現在の中国北部の国々からも仏教は伝わっている可能性は高い。そういったことを、百済からのみ伝わったような印象を与える内容にするのは、如何かと思う。

次に、蘇我氏一族を百済系と解説していたのも、おかしい。彼らは、決して百済系ではないと思う。全体として、当時としては、身体が大きく、三韓の中でも、異彩を放っていたのは新羅だ。その文化も特殊だ。おおよそ、中近東からの人々が朝鮮半島に移住して、現地の人々と交わり、作ったとされる。それは「絹の道」ならぬ「ガラスの道」でも、裏づけが取られていると云う。

その中から日本に移住したのが、蘇我氏と云われる。彼らは、皆、総じて身体が大きいのだ。聖徳太子の肖像画も大きく描かれているのは、彼が偉大だったから、大きく描かれているのではない。実際に、内地の人間より、大きかったのだ。

そして、蘇我氏は仏教を信奉していたと解説していたが、これもおかしい。蘇我氏一族で、仏教を信奉したのは、聖徳太子が始めてのはずである。蘇我氏は、別の宗教を掲げていたはずだ。それは何かわからない。例えば、ゾロアスター教(拝火教)あたりの可能性もある。

蘇我一族は、物部氏(彼らは高句麗の出身の可能性が高い。自然神を崇拝しており、日本の自然と合体して、神道の流れを作ったのだろう)対抗上、仏教を支持する聖徳太子を前面に出し、権力闘争上、仏教擁護派になったに過ぎない。聖徳太子は、その上に、うまく乗って、天皇の権力を維持したのだ。

後年、大化の改新でも、今度は新羅出身の蘇我一族と百済出身の鎌足の闘争と捉えられる。半島の出身による代理の権力闘争と言える。中大兄皇子は、それを巧みに利用したのだ。そのことから考えても、蘇我一族と中臣氏が同じ出身とは考えにくい。それぞれが入り組んだ関係である点を割り引いても、そのように考えられるのだ。

もちろん、以上のことには疑問を呈しても、放送内容を全面否定するつもりはない。私達は、今一度、聖徳太子の思いを再確認する必要はある。そういう意味では、この放送は意味があったと感じる。しかし、不明なことは、マスコミで、あまり断定的に報道するのはやや危険だ。多くの可能性について触れるべきだろう。

それでは、本論に戻り、十七条憲法 その二の原文と解釈を見てみよう。

二に曰く

篤く三宝を敬え。三宝と仏・法・僧なり。

すなわち四生の終帰、万国の極宗なり。

何れの世、何れの人か、この法を貴ばざる。

人ははなはだ悪しきものはすくなし。よく教うれば、これに従わむ。

其れ三宝に帰せずんば、何を以てかまがれるを直くせむ。

さて、解釈だが、「篤く三宝を敬え。三宝と仏・法・僧なり」は、文字通りで、それ以上の意味はない。仏は、師と仰がれるものであり、彼の説いた教えの法は、人が頼るべき道であり、僧はその教えをひろめるため、教養を積み重ねる人である。そういった三宝を敬うことが望ましい。なお、ついでに記せば、ブッポウソウと言えば、そのように啼く鳥の名を思い出すが、実際、そのように啼くのは、コノハズクらしい。

次の「すなわち四生の終帰、万国の極宗なり」とは、すなわち、人はもちろん、心がないとされる胎生、卵生、湿生、化生という四生生物の獣、鳥、湿りやすい場所にいる生物、形が変化する生物でさえも、結局、帰するところは同じである。あらゆる国が、究極のこの教えを頂くことが望ましい。

「何れの世、何れの人か、この法を貴ばざる」は、どのような時代になっても、全ての人が、この考え方を尊ぶことが求められるだろう。

「人ははなはだ悪しきものはすくなし。よく教うれば、これに従わむ」も、文字通り、人というのは、生まれた時から悪人はいないのだ。本来からすれば、悪人にはならない。基本的な教えを尊べば、悪人になることは考えられない。真理をきちんと教えれば、正しい道を歩むようになる。

「其れ三宝に帰せずんば、何を以てかまがれるを直くせむ」は、三宝に帰依しなければ、誤りを直すことも難しい。

全てを通じて、彼の言いたいことは、人間としてのあり方を教えてくれる三宝を大事にする必要がある。子供を含め未熟な人たちには、遍く理解させるようにして正しい道を歩ませる必要がある。そうすることが、国を安定させることにつながる、と説く。結局、聖徳太子は、人材の育成の重要性を説いている。

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