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2007年11月 9日 (金)

政治家と新聞社の距離

今回、大連立のお膳立て(大連立なんて時代錯誤もはなはだしいが)をしたのは、渡辺恒雄読売新聞グループ本社社長らしい。もちろん、それは旧知の仲の中曽根康元首相の意向を汲んだものだろう。彼は、前々から、そのことをマスコミに広言している。しかし、政治家と新聞社の距離は、果たして適切であろうか。そして、どれくらいが適切なのだろうか。

結局、今回のことは、民主党小沢代表を貶めたが、同時に、過去の成功体験に頼る古い体質の自民党を国民にさらけ出してしまった。将来の日本のことを考えれば、自民党は最悪の選択をしてしまった。何をするかわからないという党のイメージ悪化は民主党以上だろう。彼は、果たして自民党に貢献したことになるのだろうか。

そして、大新聞社として国民に影響力のあるマスコミが、偏向報道してよいのだろうか。もはや「読売自民新聞」と呼んだ方が適切だろう。もちろん、全てのマスコミには、それなりに好意的な政党はあるだろう。

しかし、マスコミは権力には批判的でなければならない。読売新聞は、あまりにも政権政党に擦り寄りすぎているのではないか。権力に擦り寄れば、結局、ごまかしの提灯記事しか書けない。それでマスコミの役割は果たせるのだろうか。大いに疑問である。

少なくとも、流風は、今後、読売新聞の報道は、ある程度、割り引いて読むしかないと思っている。政治に深入りして、新聞社にメリットがあるとは思えない。確かに、他社に先んじて、情報を政治家から得たいというのは、記者の本能であろう。

だが、それには節度が求められる。政治家から得た情報を垂れ流しして、政権政党を批判的に報道できなくなれば、その存在価値は薄れる。この新聞社の今後の動向に注目したい。

*平成22年5月追記

現在は、民主党政権になり、民主党が与党になり、自民党が野党になって、立場は違う。ということで、読売新聞は、堂々と政権与党を批判できるのだが、その批判の仕方が尋常ではない。もちろん、民主党政権にも問題があるのだが、読売新聞は、やはり自民党系新聞という論調である。

そして、読売系テレビも含めて、自民党政治家への出演という顔出しを増やし、支援している。確かに、民主党の議員も出演しているが、彼らをマスコミ・自民党議員・自民系政治評論家(自民党政権時代、官房費から金をもらっていた連中)で、一斉攻撃するのは、見苦しいの一言に尽きる。

読売新聞・日本テレビが、公共のマスコミの立場を放棄するのなら、国からの優遇措置も、遠慮すべきだろう。視聴者としても、そういう立場にならざるを得ない。いずれ、彼らは、その存在自体、危うくするかもしれない。

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