« 智と『老子』第六十五章の誤解釈 | トップページ | ハチミツレモン »

2007年11月19日 (月)

ドラマ『海峡』から感じること

現在、NHKで、『海峡』が放映されている。あの長谷川京子さんがヒロインだ。テーマは、戦争によって、日本と朝鮮半島の、愛しながら、それぞれの立場で苦しむ男女の悲劇を描いている。ただ1回目しか、見ていないので、その後の話はわからない。だから、最終的なコメントはできない。

さて、流風は、海峡ものでは、12年ほど前に、同じようなテーマで、映画を見たことがある。それは『三たびの海峡』というものである。流風にとって人生の転機の頃、映画館で、たまたま観た。後で、わかったことだが、原作は、帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)という作家だった。最近、またテレビ等に出ておられる南野陽子さんが、ヒロインだった。三国連太郎さんが主人公(若い時は、別の人が演じていたが、思い出せない)だったように思う。

違った国の男女が結ばれた時の難しさを描いていたように思う。また日本の敗戦により、朝鮮の人とは、現地では立場が逆になり、朝鮮の人は日本人を身内に持つと、却って、苦しい立場におかれた。

支配者と被支配者の関係だった事実は、ずっと現在まで、彼らには残っている。日本人には、「水に流す」という精神性があるが、朝鮮の人たちには、そういったものはない。常に「恨」を残す。日本的な「恨み」とは意味が違うそうだが、彼らは、日本がやったことは忘れないという。

現在でも、日韓・日朝に、歴史的認識があきらかにずれているのは、そういうことが影響しているのだろう。理想としては、こういった溝が埋まることが望ましいが、現実的にはありえないことだろう。

結局、多くの識者が言うように、過去を忘れず、未来を志向するということに尽きるのだろう。このNHKの『海峡』が今後、どのように展開していくのか知らないが、ふと、そういうことを感じた。

|

« 智と『老子』第六十五章の誤解釈 | トップページ | ハチミツレモン »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 智と『老子』第六十五章の誤解釈 | トップページ | ハチミツレモン »