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2007年12月15日 (土)

錦を巡る人間観

年末も押し迫った今頃では、錦といえば、京都の錦市場が有名かもしれない。京都は絹織物で有名だ。錦市場の謂われは知らないけど、そういうことも関係しているのだろう。

京都の土産物店に行くと、錦の端切れのようなものが売られている。きれいなので、若い時、どこかに飾っておこうと、何回も買おう思ったが、この歳になるまで、結局買わずじまいだ。別に特別高いわけでもないのに。

また、もうかなり前に、「ボロは着てても、心は錦」という歌詞の歌があったが、いつもそうありたいと思う。また、都市へ出た人々が成功して、田舎に帰り凱旋して、「錦を衣(き)て夜行くが如し」という思いから、「故郷に錦を飾る」などと表現される。

しかし、逆に失敗した場合は、帰りにくい。また帰っても、風当たりは、他所よりきつい。例えば、「あんた、何しに帰って来たん」と関西では言われるだろう。もちろん、逆に頑張れよ、と支援をもらう場合もあるかもしれない。しかし、地元の人々は、そうは言いつつ、半分見放している。そう、世間は冷たい。

あの項羽も、漢楚の争いに敗れ、かつて挙兵した江東の地へ帰って、機会を待つべきだという部下もいたが、そんな恥ずかしいことはできないといって、彼は拒否したという。多くの人を戦争で失った人間が、おめおめと一人で帰れるものか。そういう気概だったのだろう。

やっぱり、失敗した場合は、故郷は捨てる覚悟が求められる。どこかの前首相のように、おめおめと故郷に帰って悦に入っている場合ではなかろう。政治家を辞める場合はともかく。ここにも、項羽と人間観の差が明らかだ。あれ、また脱線してしまった(笑)。

お正月の用意に、さすがに錦市場までは買いに行けないが、近くに正月の買い物に行くとするか。今年も、後二週間。ちょっと、何かそわそわ。えっ、クリスマス?流風には関係ない、関係ない(笑)。

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