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2007年12月 3日 (月)

男女関係の不思議さ

同じ事をある人が苦言を言っても、笑って済ませるのに、別の人が言うと腹が立つことがある。どこで、こんなに差がつくのかはわからない。

また、男女の人間関係では更に微妙だ。男女の仲には、必ず相性というものがある。このことは昔から言われてきた。ただ自ら相性のよい相手を見つけるのは至難の業である。結局、天の配剤に任せるしかないようだ。

だから、男は度胸、女は愛嬌が必要になる。男は気に入った女性にぐずぐずしていると、他の男に取られてしまう。女は、気に入った男性には、愛嬌を振りまって関心を引かねばならない。

つまり、男は自分に自信があってもなくても、相手にぶつかる勇気が必要だ。所詮、男には、女性の本質を見抜く力を備えていない。男の直感は、余程の修行者でない限り、はずれるものだ。それなら、気に入った相手には、とにかくぶつかっていくしかない。

だから、特定の相手にこだわるのは、ナンセンスだ。ダメモトが正解なのだ。若い時は、ちょっとした思い込みで、特定の対象を、この女性しかいないと錯覚しがちだが、実際は、多くの女性がいると考えた方がいい。

これに対して、女性は一般に直感力が優れているという(但し、恋愛状態にないことが前提だ。女性も、恋は盲目だ)。そこで、賢い女性は、新しい異性が迫ってきた場合、受ける場合、断る場合、いずれの場合も、とりあえず愛嬌でかわす。

そして、相手の様子を伺って観察する。そうすると、断ったとしても相手に恨まれることもない。こう考えると、選択権は男にありそうで、実質、女性が握っているのかもしれない。

しかし、恋愛関係に関しては、結果という意味においては、必ずしもそうでないかもしれない。すなわち、冷静さを失うと、恋というものに誤魔化され、女性も最初の直感力が鈍るのだ。

恋情が邪魔をして、直感力が麻痺して鈍るのかもしれない。平常心で判断できなくなるからだろう。だから恋愛関係は結べても、パートナーとしては相応しくない相手を選択することがよくある。

このようなことを避けるには、日頃から第三者的に見てくれる人を確保しておくことだろう。第三者から見て、おかしなカップルは必ずある。当人にはわからないが、第三者から見るとどうも合わないと感じるのだ。そういう意見は、尊重しなければならない。暴走しても、必ず、後で苦しむのは当事者だ。

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