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2007年12月20日 (木)

薬害問題を考える

罹った病気からは助かりたい。死から逃れたいが、ある薬を飲めば副作用で将来苦しむことが明らかな時、私達は、どのように判断するのだろうか。そういう立場になった時、あなたは、どのような選択をすべきなのか。

最近、薬害問題で、騒がれている。患者の方たちは、大変なことだろう。いろんな立場で見解が違うのだろうが、何とか国の方で救済してもらいたいものだ。厚生労働省の問題は、他国では使用禁止になっていたのに、承認したことだろう。彼らは患者側に立った発想をしてこなかったことが、大問題になっている原因の可能性が高い。

ただ、この問題は、放置すれば、あらゆる薬害を無制限に救済しなければならないようになる。仮に当局が悪意がなく、承認しても、薬の副作用が絶対にないとは言い切れないだろう。そのようなことに、全て救済するのは、大変なお金がかかる。それを税金を使って賄うとすれば、一般国民の負担は増大する。

この問題の根本は、薬というものを皆(薬品メーカー、国、医療機関、医師、患者)がどう考えるかということである。全ての薬に副作用があると言って言い過ぎではないだろう。もし副作用がないとしたら、それはせいぜい偽薬ぐらいのもだろう。

副作用のない薬はない。特に西洋薬は、特効性が強く、副作用が強い。高齢者に好まれる漢方薬も、効きが緩いから、一気に副作用が出ることはないが、長期服用すれば副作用がないわけではない。漢方薬の素人処方は危険といわれている。

ただ副作用がいつ出るかは、個人差もあり、いつ出てくるかわからない。もちろん、ある人には出て、ある人には出ないということもある。そして、副作用は、すぐに現れるものと、相当の時間を経て現れるものがある。薬が出た頃には、副作用がないものと思っていたのに、後で、副作用が生じることもあるだろう。

それでは、全ての薬に副作用があるものとして、全ての人が薬を服用しているかどうか。薬を簡単に処方してしまう医療サイドの問題もあるが、何の疑問もなく薬を服用してしまう患者側も、薬に関して認識を改める必要がある。

もう一度、薬は薬であると同時に毒であるということを再認識しなければならない、ということを今回の薬害問題は、我々一般人に、薬に対する処し方を迫っているのかもしれない。

*平成19年12月26日追記

福田首相が、薬害問題に関して、国の責任を認めて謝罪されたことは、評価したい。ただ厚生労働省に対する批判は止まないが、難しい問題であることは事実だ。マスコミは、もっと丁寧にこの問題を扱ってもらいたい。薬品会社、新薬、国の承認、副作用、患者の意向などの複雑に絡みあったことをいかに整理し、国民の認識とするか、ということだ。単に国を攻撃しても、何も生まれない。

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