« お夏清十郎考 (上) | トップページ | 姫路菓子博2008って何? »

2008年1月29日 (火)

お夏清十郎考 (下)

「お夏清十郎」は、現代で言えば、社内恋愛問題と言えよう。社内恋愛は、今でもご法度の会社がある。社内風紀を乱し、仕事に差支えが出てくるからだ。それとは逆に、付き合いをオープンにし、結婚を前提であれば、認めている会社もある。どちらが良いかは、一概には言えない。

さて、お夏清十郎についての事件の真実は、時代が遠く離れると、なかなかわかりにくい。ただ二人の恋愛が問題になったのは間違いあるまい。但し、身分社会においての社内恋愛であることが、現代日本と若干様相が異なるかもしれない。

ところで、「村翁夜話集」に「おなつ清十郎事聞書」に、この顛末が記載されている。それによると、清十郎は室津(現在の兵庫県たつの市)の生まれというのは間違いなさそうだ。姫路に出て、但馬屋九左衛門の屋敷に奉公し、手代になったのも、そのようだ。

また、ここには、記載されていないが、お夏は、西鶴は、九左衛門の妹としているが、どうも、娘であったらしい。この辺は、やや複雑だ。他所で作った子供を自分の妹とすることは、実際よくあったからだ。だから、歳の離れた兄妹という態になる。そういうことは、明治以後も、よくあったことだと聞く。最近のことは知らない。

ある時、清十郎は、この店を辞めさせられている。ここでは、残念ながら、彼が辞めさせられた理由が書かれていない。しかし、「おなつ清十郎事聞書」となっていることから、お夏と清十郎に何か特別の関係があったことは確かだろう。二人が恋仲になって、別れさせられたのだろう。つまり、九左衛門は、当時、身分制度が厳しく、立場の違う者同士の恋愛は認めなかったのだろう。

それがために、追いつめられて、駆け落ちを計画し、失敗したことは、十分考えられる。彼は、(姫路)紺屋町の借家に住んでいたが、九左衛門への仕返しを考え、周囲のとりなしも耳に入らない。九左衛門は事前に察知し、彼を辞めさせて、穏便に処理しようとしたが、清十郎が逆恨みした可能性がある。

その結果、但馬屋に、刃物を持って、斬り込んだのだ。九左衛門は、筵にけつまずき倒れ、逃げるのに失敗する。清十郎は、それをのが逃さじと、斬りつけ重傷を負わす。付近の者が清十郎を取り押さえようとしたが、その場は取り逃がす。

しかし、後、捕らえられ、当時の姫路藩主は、藩の秩序を乱すものとして、厳罰に処した。それで、彼は、川原で打ち首になったとある。

ただ気になるのは、若い頃から、女遊びをしていた清十郎は、ある意味、異性関係の空しさを知っていたはず。少なくとも、純情ではなかったはずだ。その彼が、お夏をうまくあしらうことができなかった。

むしろ、お夏の方が執着し、清十郎は、止む無く対応したニュアンスがある。お夏が、純情ゆえ、いや激情ゆえ清十郎を追いつめたとも考えられる。この辺は「娘道成寺」の安珍・清姫を髣髴とさせる。お夏の執着は、清姫に通ずるものを感じる。

なお、清十郎は、お夏と共に尼寺(久昌庵)に匿われていたという話もある。後、清十郎を匿ったことで、この尼寺は閉門にされているということだ。お夏は、清十郎の死後、後を追おうとしたが、死に切れず、出家して尼になったと云われるが、他家に嫁いだという話もある。その後、お夏は、生きていたとすれば、どういう人生を送ったのだろうか。

また、この恋愛事件は、別の角度から見ると、ある意味、閉ざされた封建社会の息苦しさから出たものとも捉えることができる。多くの人々の同情と感動が、井原や近松の作品の動機づけになっているのだろう。現在のように自由に恋愛できる社会を知れば、彼らにとって、なんとも羨ましい社会と映ることだろう。

*追記

彼らのことは、二人の天皇が俳句や賛にされている。

 清十郎きけ 夏が来たとて 杜宇     後水尾天皇

 笠がよう似た ありあけの月         後西天皇

 注: 杜宇(ほととぎす)

  注: 後西天皇の賛は、お夏の心を憐れむ大衆が、「むこう通るは清十郎じゃないが、笠がよう似た菅笠が」と俗謡に唄って大流行になったことが背景にある。

*追記

なお、姫路・臨済宗、慶雲禅寺(光正寺)の墓地には、お夏清十郎の比翼塚と称される五輪塔がある。但し、あくまで塚であり、お墓ではない。なお、毎年、8月9日(16:00~16:20)には、供養祭が開催される。それに合わせて、近所では、夕方から、「お夏・清十郎まつり」という少しマイナーな催しがされるということだ。

なお慶雲寺について、もう少し記すと、播磨西国三十三カ寺を定めた南室和尚の代の時、当時、姫路城主だった池田輝政が、城の建築資材を分け与えて、再建したのが、この寺である。当時は、四つの塔頭寺院があった。現在は残っているのは、光正寺のみ。

*注 参考文献

      橘川真一・編『はりま伝説散歩』

|

« お夏清十郎考 (上) | トップページ | 姫路菓子博2008って何? »

姫路と播磨」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« お夏清十郎考 (上) | トップページ | 姫路菓子博2008って何? »