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2008年1月28日 (月)

お夏清十郎考 (上)

お夏清十郎の話は、西鶴や近松によって、有名になった。ただ近松門左衛門の『おなつ五十年忌歌念仏』は脚色が過ぎる感じだ。もちろん、作品としては、それはそれでいいのだが、史実と照らし合わせると、全く別のもののように感じる。そういうことで、ここでは、西鶴の『好色五人女』の「姿姫路清十郎物語」の内容を取り上げてみよう。あらすじは、大体次のようだ(若干、流風が脚色)。

この物語は、播州室津(現兵庫県たつの市)の港の造り酒屋、和泉屋清左衛門に、男前の息子がいた。金持ちの道楽息子には、よくあることだが、14歳から女遊びを覚えて、遊郭通いにふける。父親は、自分の経験から、ある程度の遊びは認めたものの、度を越しているので、盛んに注意するが、彼は言うことを聞かない。これに業を煮やした父親が、ついに彼を勘当する。

今は、子供が問題を起こしても、親が甘くて、勘当もしないし、海外留学という態にして、ほとぼりが冷めるまで国外に追いやることが多いと聞く。彼らは海外でも、問題児だと聞く。それでは、何のための留学か。親の体裁を繕うためのもので、子供のためには、ならない。

話を戻すと、その後、彼は、心中騒ぎを起して、遊女を死なして、さすがに、これには、彼も参って、姫路に出る。そこで、知り合いのつてを頼って、本町の米問屋の但馬屋九右衛門の店で手代として働く。年齢ということもあるが、いきなり手代ということは、親が密かに手を回したのだろう。

彼は、改心したのか、それまでの遊びは忘れるほど、仕事に励み、主人にも認められるようになる。ところが、好事魔多し。主人の妹に、美人で誉れ高い、お夏という女性がいた。お夏は、男を選り好みして、なかなか縁談がまとまらなかったのだ。

今でも、お金持ちのお嬢さんが、そういうことが多いですね。こういう女性は、ある程度の年齢になれば、第三者に選んでもらった方が、うまく行くというもんだ。男を選ぶ眼など持っていないのが普通だからだ。大体、選り好みして、結局、スカを掴む(笑)。

それに贅沢な暮らしに慣れてしまうと、満足できる生活水準が切り上がってしまう。結婚で、生活水準は落とせなくなる。それでは、相手は見つからないはずだ。本当は、子供たちに、贅沢な暮らしをしないよう、他家で修業させるのがいいのですが、最近の親は、手元に置き過ぎて、駄目にしてしまう。ピークの生活をすれば、後は落ちるだけということがわかっていない。残念なことです。それは男も同様だ。

さて、お夏は、最初から、彼に関心があったわけではない。色々な悪い噂話は聞いている。しかし、ある日、清十郎が女中に、帯の仕立て直しを頼んだところ、中から遊女の手紙が十数通出てきた。それをお夏が読んだことから、こういう女性の特性として、彼に関心を持つことになる。

大体、お嬢さんというのは、非日常的なことに関心を持つ。平凡な生活には満足できない。そういうことから、無鉄砲な恋愛関係という落とし穴にはまることになる。大体、結婚生活は、平凡な営みであり、非日常的であることが例外的なことをご存じない。

清十郎に恋心が芽生え、熱心に手紙を送り、清十郎もそれに応えようとする。最初、清十郎は、それほど興味はなかったが、お夏の熱心さに心が動く。だが、なかなか二人きりになれる、そういう機会は持てなかった。そこで、お夏の意向に応えようと、清十郎が、花見を計画し、他の者たちが獅子舞に湧く間に、二人きりになり、思いを遂げる。

清十郎は、その後、多くの障害のため、飾磨港(姫路)から大阪へ駆け落ちを図る。しかし、少し船が出たところで、船頭が状箱を忘れたことに気づき、港に戻ったところ、追っ手に捕まり、連れ戻され、清十郎は投獄される。

更に、但馬屋では、七百両が不明になっており、彼に嫌疑がかかり、罪をきせられ、処刑される。清十郎、二十五歳だった。その後、七百両は別のところから見つかる。冤罪は、今でもありますね。捜査の方法がまずいのか、誰かが陥れようと罠に嵌めたのを見抜けないからか。

お夏は、清十郎が処刑されたことは知らなかったが、近所の子供たちが「清十郎殺さば、お夏も殺せ」と歌うのを聞いて、初めて清十郎が死んだのを知り、一時狂乱に陥る。周囲に説得され、出家し、清十郎を弔う決心をする。時に、お夏、十六歳だった。

次回に続く。

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