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2008年1月 7日 (月)

遅刻した罰

学生時代、よく遅刻する者もいた。小学生の時は、遅刻の罰として、廊下に立たされ、バケツに水を入れたものを持たされた奴もいた。今では、問題になるのだろうけど、そんなことで訴える親などいなかった。そんな暇な親はいなかった。それに常に教師は正しいものと親は思っていた。

流風は、学生時代も、真面目な学生で、あまり遅刻の経験はない。会社員時代も、どんな場合でも、遅刻は避けるように行動していた。電鉄のストの場合さえ。そう、遅刻は悪と思っていたのだろう。あらゆる最悪の事態を想定して、早めに行動していたのだ。

ただし、いつも遅刻が悪いわけでもない。男女の駆け引きでは、遅刻も一つの手段であろう。相手が強く、勝つ見込みが薄ければ、宮本武蔵の心境ではないが、心理的に相手をじらすことも必要だろう。

さて、遅刻で有名なのは、奈良のお水取りの神事のことであろう。お水取りは、毎年3月2日の行事で、時期的には少し先の話だが、取り上げてみよう。何かに夢中になると、遅刻する例証とも言えるものだ。

このいわれは、インド僧、実忠和尚が、二月に神々に守護と福祐を祈る行法を始めた時のことである。全国の神々は、修業堂(二月堂)に集まった。ところが若狭の遠敷明神が漁に夢中で遅刻した。遅刻したため、その罰のお詫びの印として、十一面観音に供える水のため、若狭から水を引く約束をしたと云う。この泉が若狭井だ。

この伝説は、実際は、現実的ではない。多分、二月堂近くの湧水の出るところの探索を遠敷明神に依頼したのだろう。遠敷明神は自信たっぷりに、お任せあれ、と返事したが、なかなか見つからなくて、行法の時間に間に合わなかったのだろう。

間もなく見つかったが、それを遅刻を理由に進呈したことにしたのだろう。湧水を見つける技術は、当時すでに確立されていたと考えられる。あるいは、感応的に水を感じる人々がいたとも云われる。以前、ブログで触れたように、椿で鉱脈を見つけたのかもしれない。

見つけた湧水を、遅刻で進呈したのではなくて、行法のお陰で、湧き水が湧いたことにしたかったのだろう。実忠和尚と遠敷明神とが示し合わせたと考えるのは、穿ちすぎか。

*参考 お水取り

      http://www.kcn.ne.jp/~narayama/omizutori/top.html

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