« 雛祭りの町 | トップページ | 枕に左右される »

2008年2月11日 (月)

息抜きしたつもりが

企業で、営業の仕事というのは、どうしても顧客の動きに合わせる必要がある。顧客がいない所に行っても、結局、無駄足になる。しかし、社内にいると、サボっていると見られてしまう。仕方なく、出かけるのだが、どんなに準備しても、空き時間が出る。

そういった時、営業マンは、息抜きをする。一番多いのは、喫茶店だろうか。癒しのサウナという人もいる。車の中で一眠りという人もいるだろう。パチンコ屋という不良営業マンもいるらしい。そんなでは、息抜きにならないだろう。気分転換で真剣なってしまったらどうするのかな。

まあ、こんな営業マンも過去のことになりつつあるかもしれない。GPSを持たされて、位置確認までされては、変なところをうろつけない。ただ営業マンは、活動時間が不定期になりがちだ。あまりフルに働くと、身体がもたない事を管理者はご存じないのだろう。管理者の立場からすると、時間効率が優先するが、フルに働いたから成果が出るとは限らないのが営業だ。

基本的には顧客ターゲットを絞り、独特の切り口で市場を切り開いた者が成果を上げる。そういうことからすると、一見、無駄な会話や行動が、プラスになることもある。もちろん、ある程度、体系的な情報の収集の仕方が求められるのは言うまでもないが。いろんな情報の積み重ねと新鮮な切り口で、どう料理するかが成果に大きく影響する。

だから、GPSで、単に行動管理をしたところで、成果が保証されているわけでもない。かえって逆の結果が待っているかもしれない。それゆえ、営業現場を知らない管理者による営業管理の仕事は難しいと言われる所以だ。

さて、落語にも、『百年目』というものがある。大きな商家の番頭が内緒で、花見に出かけ、ドンちゃん騒ぎしているところで、主人に出くわし、青くなって家に戻る話だ。まあ、落語に限らず、ありうることだ。ちょっと休憩したつもりが、上司に見つかり気まずい雰囲気になることもある。

ただ、この落語の題名は、番頭が現地で主人に会い、言い訳するのに「どうも久しくご無沙汰を」を言ったのを、家に帰って主人に咎められ、「実は、お目にかかったのは百年目に存じましたので」とオチ。すなわち、「見つけられたが百年目」という言葉をもじっているのだ。

流風に、せいぜい車の中で、居眠りぐらいで、あまり、そのような経験はないが、先輩豪傑営業マンは、いろいろあったようだ。でも、成果を上げられていると、管理者も文句の言いようがない。営業は数字だ。しかし、レベルの低い営業マンが、そういう風聞を聞いて真似して失敗したのも聞いたことがある。息抜きも、営業レベルに合わせて、ほどぼどにということだろう。

|

« 雛祭りの町 | トップページ | 枕に左右される »

経営関連」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 雛祭りの町 | トップページ | 枕に左右される »