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2008年2月 5日 (火)

名前が左右する

親は子供が生まれてくると、その名前に苦労するが、姓名判断も、その一つだろう。だが、姓名判断も大切だが、実際は、文字バランスと共に、名前の持つ音が重要だとされる。生まれて親に命名されて、一生呼び続けられると、その人格になっていくということを聞いたことがある。

例えば、女性の場合、頭に「ア行」がつくと、明るい感じがし、「カ行」がつくと、気が強く育ち、「サ行」は芯が強くて、しっかりしている等々。そういうと、流風の経験でも、そんな感じがする。そんなにいろいろな女性と付き合ったというわけでもないが。

さて、子供の名前に苦労する落語に、あの有名な『寿限無』がある。多くの方がご存知であろう。最近は、小学生も演じている。タレント活動に忙しい、某落語家は、未だに覚えられないそうだが、小学生は、覚えるのも早い。この落語を覚えるのがいいか、もっと高尚な詩などを覚えるのかは、意見もあるだろうが、この時期は、頭の吸収力も速い。

生まれた男の子の幸せを願って、長生きで達者に育つようにと、お寺の住職に命名を頼むところから、この落語は始まる。このお坊さんは、学があるようで、寿限無に始まり、色々な、いい名前を列挙する。しかし、どれが一番いいか、わからなくなる。こういうことは、店で、色々な品物を見せられて迷うのと全く同じだ。

それで、邪魔くさいから、全部つけてやれということになった。しかし、長い名前をつけられて、迷惑なのは、当の本人。親の思いは有り難いが、それも行き過ぎると、子供に負担が重くのしかかるという教訓話。そういうと、名前負けなんて言葉もありますね。

このような例は、現実にはないとしても、親の気持ちはわかる。しかし、名前の文字に捉われないで、名前の音にも配慮したいものである。人間とは、音に大きく左右されていることを忘れてはならないだろう。

*追記

でも、企業の名前も、もう少し真剣につけてもらいたいものだ。社員は、他企業の人々から、常に呼ばれ続ける。そういうことが、子供同様、影響を受けているはずだ。経営者に、親のような気持ちが欲しいものである。

*参考 『寿限無』の名前

一応、この落語で紹介されている男の子の名前を記すと、「寿限無、寿限無、五劫の摺切れ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝るところ住むところ、やぶら柑子にぶら柑子、パイポパイポ、パイポのシューリンガイ、シューリンガイのグーリン台、グーリン台のポンポコナア、ポンポコナアの長久命、長久命の長助」ということだ。

落語で、その意味を説明される場合もあるが、省略される場合も多い。一応、その意味を記しておこう。

まず、寿限無は、文字通り、すこやかに寿命が長くあるように、ということだろう。

五劫の摺切れの五劫は仏教用語だ。四劫は、成劫、住劫、壊劫、空劫のことで、世界の時間的経過による変化を意味している。五劫は四劫の更に上の段階をさす。すなわち破滅した後も、擦り切れた後まで生きる、という意味だ。

次の「海砂利水魚」は、文字通り、掬いきれない砂の多さと、水にすむ魚はとり切れないという多さを示している。「水行末、雲来末、風来末」は、無数の水や雲や風のように、無限に流れ続ける。そのような命が備わるように。

「やぶら柑子にぶら柑子」は、春夏秋冬のそれぞれの季節に若葉・花・実・赤き色で巡るめでたく強い木を示している。

「パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコナア、ポンポコピー長久命、長久命の長助」は、古代インドの北の方にあったとされる仮想国パイポの国王、王妃、そして、その子供たちが長寿であったという。

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