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2008年2月25日 (月)

狂言『花子』から見る男と女

狂言『花子』を先日、NHKで放映していた。実際、舞台で鑑賞したことはない。また、念のために記すと、「はなこ」ではなく、「はなご」と読む。「花子」とは遊女の名前だ。ご覧になった方はわかるたろうが、例によって、嫉妬深い妻の話である。

一応、あらすじを記すと、ある男が、以前、東国に下った時に、花子という遊女となじみになる。まあ、昔から、単身赴任の浮気は、あっただろう。男は間もなく都に帰るのだが、その花子が都に上ってきたことを知る。男は是非会いたいが、嫉妬深い妻から抜け出すことは難しい。

そういうと、父も母の嫉妬には手を焼いていた。父は真面目な人だから、女性問題はなかったはずだが、二人で歩いていて、父がちょっと他の女性の方向を見ただけで、母は焼餅を焼いて、後で必ず揉めていた。母は、流風から見ても、ちょっと大変な女性だったようだ。

女性が嫉妬深いということは、それだけ男に対して、妻の愛情が深いということかもしれないが、夫は、束縛されるようで、却って辛い。妻は、そういう男心は察せず、ますます縛ろうとする。そうすれば、男の心が離れることをお分かりではない。

そこで、夫が抜け出すために考え出したのが、持仏堂で座禅をするということで、妻を寄せ付けないことができると判断。妻を説得して、その間は、持仏堂に来てはならないということにする。そして渋々何とか了解を得る。

彼は、持仏堂を抜け出すため、太郎冠者に身代わりを頼み、衣を被らせ待たせる。夫は、意気揚々と出かけて行き、花子との逢瀬を楽しみ、帰途に着く。

しかし、妻は持仏堂を覗いてはいけないと言われたものの、心配になって、持仏堂に行き、ついには太郎冠者が被っている衣を剥ぎ取ってしまう。そうすると、夫ではなく、太郎冠者ということにびっくり。鶴の恩返しじゃないが、人間、見てはならないと言われれば、見たくなる。夫は、そこまで考えが及ばなかったのだろう。

妻は怒り、衣を代わりに纏って、夫の帰りを待つ。そこに夫が帰ってきて、楽しかった逢瀬のことをうれしそうに話す。さらに妻の悪口まで。窮屈だろう、いつまでそうしているのだと言って、衣を剥ぎ取ると、アレッー、妻だ。怒った妻に追いかけられて、終演となる。

まあ、こういう話は現代でもある。以前にも記したが、単身赴任というのは、男には危険な香り(笑)。妻は、単身赴任させたら、ある程度は覚悟せねばならない。しかし、それを引き摺られると、ややこしくなる。

なお、狂言では、妻は、最終的に怒ったフリをしながらも、許しているという解説があった。この妻は、優しいね。まあ本気でなく遊びである限り、妻も許せるかもしれない。だが、ちょっと作者の男の願望が入っているのかもしれない(笑)。

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