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2008年2月21日 (木)

女性の四つの徳

最近の関西の女性(*注)の言葉を聞いていると、残念ながら、全般的に非常に汚い。それは単に方言として捉えるからではない。地方の方言でも、それなりに品のある言葉はある。大阪にも、かつて品のある言葉があった。

なぜ、関西の言葉が汚くなったかといえば、女性が男言葉を発するようになったからだろう。テレビに出演する程度の低い関西の女芸人たちの影響もあるかもしれない。また学生時代から、そのような環境で育つと、それが当たり前になるらしい。家庭でも、そんなに言葉遣いに、うるさく言わないのも影響しているのかもしれない。

もちろん、そうだからと言って、今更、慇懃無礼な言葉遣いに改めよとは言わない。もう少し、落ち着きのある話し方をしてもらいたいのだ。関西には、「いっちょかみ」という言葉がある。知らないことでも、何でも、言葉をさしはさみ、自分が関心があることを示そうとする態度を指す。

そういうことが、言葉を軽くし、騒々しくなる。すべてにおいて、それが悪いとは言えないが、それも程度問題。だが、女性の社会進出に伴い、相手の話を遮り、自分の意見を通そうとする女性も多く見られる。それが女性の品を落としているのだ。

かつて、女性には四つの徳があるとされた。それは『周礼』にあり、婦言、婦徳、婦功、婦容である。この一つでも、欠ければ、女性としての価値を損じることになる。

まず、婦言とは、婦人の言葉遣いの心得として、その言は鮮やかであるけれども、慎み深く、汚い言葉遣いを使わない。女性の言葉の影響力は大きい。一つ一つ言葉を選びながら、今発する言葉が、どのような影響を及ぼすかを見極めながら、発言していく。

次に、婦徳とは、婦人の守るべき徳義のことで、才能を表立って見せることはせず、立居美しく、静かであり、どこから見ても、恥をかかないように振舞うことをいう。身の回りを美しく保ち、それを人知れず、広めていくこと。あるいは実行していくこと。

次に、婦功とは、人と比較して優れる必要はないが、家内のことは一応何でもこなし、状況状況に応じて、来客者にも適宜対応できることを指す。言い換えれば、いつも臨戦態勢にあるということ。

次に、婦容とは、容色を美しく保つということではなく、いつも身だしなみを美しく保ち、いかなる事態にも冷静に対応できる心構えを持つこと。

これらを完璧にこなすことが、女性の基本姿勢とされた。そして、遍く広く行われれば、修身齊家ということにつながるとされた。すなわち身を修めることは、家を齊(ととの)えることになる。そして、そういうことが国家を治めることにつながる。昔の人は、いかに家庭の重要さを認識していたかがわかる。そして、女性の役割を重視していた。

そう考えると、現代の関西の女性の言葉遣いの荒さは、自ら自分の地位を貶めているのかもしれない。

*注

どこまでを関西の女性とするかは難しいが、大阪を中心とした女性を想定している。もちろん、対象の女性が、全て上記ブログのような女性ばかりではないことは間違いない。

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