小野小町考
花の色は うつりにけりな いたづらに
我身世にふる ながめせしまに
小野小町(古今和歌集、113、百人一首第九)
美人の喩えに、「織姫か、衣通姫(そとおりひめ)か、小野小町か、楊貴妃か」と云われて来た。しかし、小野小町は、古今和歌集に十八首も掲載されており、六歌仙の一人でありながら、こんなに有名なのに、その素性は未だ不明である。多くの研究者が追求してきたにもかかわらず、不思議な女性だ。だから、流風が、調べても、わからないことだらけだ。結局、ここに記すことは、推定の話にならざるを得ない。
まず、小野小町が生きた当時の美人感は、歌が上手であれば、美人とされたようだ。だから現代的には、不美人であっても、歌がうまければ、美人とされたようなのだ。そのため、小野小町はブスだったという研究者もいる。本当の顔は見せず、バックシャンだったという人もいる。長い黒髪がきれいだったのだろうか。
しかしながら、小野小町は、実際、容姿も美人だったという人もいる。それは上記の歌からも感じられないこともない。自らの容姿がよく、自信がなければ、この歌は歌わないと言うのだ。その他にも、そういう歌を歌っている。だが、代作だったとしたら、そういう判断は間違っている可能性もある。
ところが、古今和歌集の仮名序には、彼女が次のように紹介されている。「小野小町は、いにしへの衣通姫の流なり。あはれなるやうにて、強からず。言はば、よき女の悩めるところにあるに似たり。強からぬは、女の歌なればなるべし」として、次の歌を掲げる。
思ひつつ ぬればや人の 見えつらん
夢と知りせば さめざらましを (古今和歌集、552)
色みえで うつろふものは 夜の中の
人の心の 花にぞありける (古今和歌集、797)
わびぬれば 身をうき草の ねをたえて
さそふ水あらば いなんとぞ思ふ (古今和歌集、938)
衣通姫の歌として
わがせこが 来べきよひなり ささがにの
くものふるまひ かねてしるしも (古今和歌集、1110)
ここまで、衣通姫と対照させている意味は大きい。衣通姫の流れとしたら、やはり美人であったと考えられる。しかし、その性格は、いつの時代の美人もそうだが、問題があったかもしれない。周囲から、子供の頃から、もてはやされると、そうなるのだろうか。
例えば、深草少将(*注)は、彼女に言い寄り、それに対して、彼女は、それなら百夜通いしなさいよ、と迫り、少将は、九十九夜目に亡くなった(謡曲『通小町』)。現代で言えば、飲み屋で一目惚れした女性に、通いつめ、全てをなくす男に似ている。相手は、商売で、心地よい言葉をかけるのを真に受けた悲劇だ。もちろん、事実かどうかはわからない。後世の創作とも考えられる。
その他の謡曲にも、小町物として、『鸚鵡小町』『草小洗小町』『関寺小町』『卒塔婆小町』『清水小町』『雨乞小町』があるが、彼女に対する恨みが感じられるものが多いのは、彼女が実際、美人で高慢ちきであったと伝えられたことから、後世の者が脚色したのかもしれない。
このように見ていくと、小野小町は現代風に言うと、芸能人っぽい。それに水商売が加わっているニュアンスだ。そして、歌を通じて、割と自由に、階級の違う人々が交流したのかもしれない。それは柴を売る大原女と変わらない。ただ小野小町は、春を告げる椿を売るのに、歌を付けて売り物にした可能性が高いと指摘する人もいる。その歌が、貴族に高く評価されて、多くの人が知ることになったということかもしれない。
それに、“小野小町”は、当時各地に、たくさんいたに違いないと云われている。各地に銀座商店街があるようなものかもしれない。各地で、歌をよくする女性は、そのように名乗ったかもしれない。その中で、特に歌に優れる人物がいて、彼女を「小野小町」の頂点として代表的に称したのだろう。
以上の様に見ていくと、小野小町は、多くの人によって、人間の表裏を明確にされた人物とも言える。そして、このようにどろどろした世界の彼女は、人間世界の表象とも言える。美人で目立つと、かえって衆目の的になって、後世までも生きにくいようだ。
*注
「深草少将」の「深草」は京都の地名にもあり、かつて「ふこうさ」と呼ばれていたらしい。「不幸草」という連想から、「深草少将」と名づけたのかもしれない。実名は不明だ。
*追記
小野小町は、後に疱瘡にかかり、その容姿の変化のため、人前で顔をさらすことは避けるようになったという説もある。そうであれば、華やかな時を経験しているだけに、それゆえ、性格が歪んだとも考えられる。
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