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2008年3月 4日 (火)

親にお上手

親にお上手なんて言えば、何か下心があるんじゃないかと思われがちだが、親の心の琴線に触れれば、案外嬉しそうにするものだ。流風の謹厳実直な父も、そういうところがあった。

もちろん、何でもかんでもご機嫌とりをすれば、かえって何かあるのかと思われるから、そんなに頻繁にはしない。そんなことより、普段の会話の中での、何気ない一言に価値があるのだ。

反抗期とか、女性が父親と距離を置きたくなる年頃とかは、なかなか難しいが、ある程度の年齢になれば、子供の方から話しかける努力は求められる。特に父親というのは孤独である。話題は何でもよく、昔の子供時代のことから、最近の出来事まで、気になっていることを話せばよいのだ。

そういった会話の中で、少し感謝の気持ちを表すと、親は嬉しいものである。そういうことで、父が本当に嬉しそうにしたことがある。そのような反応が返ってくると、こちらも少し嬉しい。古語にも、「媚字を以て親に奉ず」という言葉もある。積極的に、ヨイショしよう(笑)。

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