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2008年3月 9日 (日)

教え方の原点

かつて流風は、教え過ぎと批判されたことがある。その時は、その批判に対して、むっとして、やや感情的になったが、後々、ゆっくり考えると、その批判が正しいことがわかった。

すなわち、教えすぎると、教えられた方は、答えが予めわかってしまって、却って意欲が減少する。学校の学問に限らず、あらゆる学びには、本人の意欲が大切だが、それを削ぐことは望ましくない。本人が、とことん考えてわからない場合だけ、適切なアドバイスをすればいいのだ。そして、それさえも、ほどほどが望ましい。

実は、このことは、後年、『礼記』にあると知って少し驚いた。その『礼記』によると、ポイントは三つある。基本は学ぶ者の自発性に任せることが重要と論じている。論じている内容を流風なりに解釈すれば、次のようだ。

一つは、学ぶ者の能力に応じて教えていくわけだが、無理やりに導かないこと。

二つ目に、学ぶ意欲を刺激はするが、一定の方向に無理やり導かない。

三つ目に、問題点のありかをぼやかして示唆するけれども、細かい所までは教えない。

だから、答えを教えろと質問してきても、答えを教えないのも教育と言える。突き放すのも重要なことだ。最近の教育は、わかりやすい方向に行っているが、あまりよくないのかもしれない。

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