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2008年3月24日 (月)

適材適所ということ

適材適所と言われて久しいが、どの企業の経営者や人事担当者は苦労されているようだ。組織の長としては、限られた人材の中で、いかに人材を当てはめるかに頭を悩ます。

十七条の憲法の第七条にも、そのことが述べられている。基本的に、政治家・官僚向けの言葉であるが、参考にできることもあるだろう。政治家・官僚をトッブと読み替えればいい。そして組織運営者には、警告に聞こえるかもしれない。現代語訳にすると次のようになるのだろうか。

「政治家・官僚というものには、それぞれ与えられた任務がある。だから、担当の職務をきちんとこなすことが大事で、これを乱すことはよくない。能力があり人間哲学のある人(賢人)を政治家・官僚トップに任ずれば、人々から賞賛が起こるだろう。それとは逆に、能力もなく、私欲に熱心でよこしまな者が任じられれば、色々な禍が起こり、国を乱すだろう。

世の中には、生まれつき優れた人は少ないが、理想高く、国のことを慮り、国民のことを思い、よく考えると、聖人にもなりうる。事の大小にかかわらず、人を得る、すなわち適材適所すれば、自然と治まるものである。

世の中が、平時の場合も、非常時の場合も、賢人が中心となって政治を行えば、自然と普通に治まる。こうすることによって、国は永続し、世の中も無事に過ごせる。そういうことだから、昔の聖人と云われた王は、国家の仕事のために、人材を求められたのだ。決して、人のがいるから、役職を割り振ったのでないことに注意すべきである。」

このように見てくると、現在の日本の政治家・官僚の方々は、どのような思いで仕事をされているのであろうか。また官僚の縦割りの仕事をどのように改めるべきなのか。やはりマトリックス組織にしないといけないのか。また一般国民としては、どのようにあるべきなのだろうか。いろいろ考えさせられる。そして、それは民間一般経営者にも強い警告となっている。

*参考  十七条の憲法の第七条 原文

七に曰く

人、各々任あり。

掌ること宜しく濫れざるべし。

其れ賢哲 官に任ずれば、頌音則ち起こり、奸者官を有つときは、禍乱則ち繁し。

世に生知少なれども、尅念えば聖となる。

事 大小となく、人を得れば、必ず治まり、時 急緩となく、賢に遇えば、自ら寛なり。

これに因りて、国家永く久しくして、社稷危きことなし。

故に古の聖王は、官の為にして以て人を求め、人のために官を求めたまわざりき。

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