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2008年4月 2日 (水)

人の意見を聞く

人の意見を聞くのは大切なことだけど、なかなか難しいようだ。それは自我が強すぎるためなのか。自分だけが正しいと思っているからか。子供が親の言うことを聞かないなどとよく言うが、頭の固まった高齢者は、子供の言うことをもっと聞かない。

そして、それは政治の現場でも見られる。よくテレビ等で議論しているが、結局、自陣の主張を繰り返し、相手の意見には、ほとんど耳を貸さない議員も多い。また記者なども、その思い込みから、自分の意見に無理やり誘導尋問的な質問を繰り返す例も、多く見られる。マスコミとしては、極めて不適切と思うのが、その傾向は止まない。

そいうことを戒めたことを十七条の憲法の第十条では語られている。いつものように、若干の意訳を踏まえながら、解釈していこうと思う(カギカッコ内は現代語解釈。それ以外は流風の解説)。

「心の中の怒りを絶ち、目に角立てないようにしなさい。他者が自分の意見と違うからといって、怒ってはなりません。」

自分の意見が絶対だと思いがちだが、意外と考えが足りない場合がある。指摘されて、怒っていては進歩がない。

「人には、皆心がある。人には、立場により、それぞれ意見があるものだ。ただ言えることは、彼が正しい場合は、自分が間違っているのであり、自分が正しい場合は、彼が間違っているのである。」

人は、立ち位置によって、見えるものが違ってくる。だから、意見は違って当たり前なのだ。だから、総合的に見て、意見の是非を考えなければならない。

「しかし、自分は、聖と呼べるようなものでないと同様に、彼も愚かであるとは言えない。自他共に凡夫であることを忘れてはならない。是非というものは、簡単に定められるものではない。それが世の中だ。お互いに賢愚を言い合っても、自他共に、丸い円に両端のないのと同様、変わりはないのだ。」

人間がどんなに優れているといっても、天と比べれば、大した存在ではない。多くは似たり寄ったりの能力の持ち主に過ぎないことを認識しなさいということだろう。

「そういうことだから、彼が怒った場合も、自分が冷静に反省し、自分が唯一正しいと思っても異を唱えずに、議論の進行状況を読み取りながら、多くの人の意見を取り入れて、皆が冷静に話し合えるように努めよ。」

独りよがりにならず、多くの考え方を入れて、最終判断をすれば誤りが少なくなる。

どこかの国の政党に聞かせたいですなあ。

* 十七条の憲法の第十条

十に曰く

忿を絶ち、瞋を棄てて、人の違うを怒らざれ。

人みな心あり、心おのおの執ることあり。

彼、是なれば、則ち我、非なり。

我、是なれば、則ち彼、非なり。

我必ずしも聖にあらず、彼必ずしも愚ならず。

共にこれ凡夫のみ。

是非の理、たれか能く定むべけむや。

相ともに賢愚なること、鐶の端なきが如し。

是を以て、彼の人瞋るといえども、還ってわが失を恐れよ。

われ独り得たりといえども、衆に従って同じく挙(おこな)え。

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